Renovation Archives [045] 香山壽夫 ●大学のリノベーション 《東京大学工学部一号館》
取材担当=河岸俊輔
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概要/SUMMARY |
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左:リノベーション前外観 右:リノベーション後外観 |
■近年ではリノベーションの事例が数多く実現しているが、東京大学工学部一号館が改修された1995年は古い建物を刷新すること自体に疑問を投げかける声が強い時代であった。このため本事例の着手にあたり、設計を担当した香山壽夫氏は「新築ではなく、リノベーションをすることにどういった意義があるのか」と大学側から厳しく問われたという。実際に香山氏自身が、工学部一号館をリノベーションすることの技術的、社会的、歴史的な意義の説得にあたり、実現に至った作品である。 対象となった東京大学工学部一号館は、関東大震災後に内田祥三により計画された東京大学本郷キャンパスの建物群のひとつである。これらは通称「内田ゴシック・スタイル」と呼ばれ、茶褐色のタイル・ピナクルがのった付け柱が特徴的な、簡素で力強い擬ゴシックである。改修前の工学部一号館は、ピナクルが崩れ落ち、入り口の門は錆びついて膨らむなど、ファサードをはじめとして劣化が激しい状態であった。また本来建物の中心にあるべき中庭も仮設実験施設が乱立し、内部には多くの研究室が溢れ、使い勝手も極めて悪くなっていたという。こうしたなか、数々の痛んだ部位の補修とともに、使いやすさの向上・床面積の増大を目的として、北側ファサード部と中庭への増築を行なった。 |
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設計概要 ●所在地=東京都文京区本郷 ●用途=大学 ●構造=鉄骨 鉄筋コンクリート造、鉄骨造 ●規模=地下1階 地上5階建て ●建築面積= 3,190平米 ●延床面積=16,511平米 ●竣工年=1996年3月 ●基本設計=東京大学工学部建築計画室 ●実施設計=香山壽夫環境造形研究所 ●施工=戸田建設 |
香山氏による北側(裏側)増築部ファサードのスケッチ |
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施工プロセス/PROCESS+現状/PRESENT | ||
■リノベーションの内容は、 ・旧舎部分の改修 ・北側の増築 ・中庭部の増築 に分けられる。 |
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左:1階平面図【拡大】/右:2階平面図【拡大】 建築学科側(正面向かって右側)の奥へ抜ける廊下の部分には、研究室や予備室などが詰まっていたが、研究室を除き奥へ抜ける廊下とした |
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・旧舎の改修 旧舎の復元修復と建築基準法への対応、増築を主な目的としている。 一号館旧舎は関東大震災直後に当時制定されたばかりの耐震設計基準に沿って建設されたため、新しく増築される部分の構造を旧舎に依存させてはどうかという議論もあったほど、躯体の耐力を有していた。このため修復としては、主に外壁テラコッタ・エントランス門・開口部などの外部装飾の修復、タイル床・正面階段室の修復や廊下動線の操作など仕上げの改修を中心に行なわれた。内田祥三により設計された既存の窓を一部残すなど、細部にわたって歴史的な意味を残す努力がなされている |
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外壁改修前 テラコッタのくずれ、鉄の錆による汚れが目立っていた |
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外壁改修後 | ||
左:保存された中庭に面した窓 保存状態の良い箇所だけ当時のまま保存した。内田祥三の設計による窓であり、上げ下げ窓、突き出し窓、填め殺し窓、開き窓など、主要な窓がひとつにまとまっている 右:正面側 階段室 改修前の手すりはコンクリート製であった。階段の幅員が、改修時の建築基準法を満たしていなかったため、素材をスチールに替え幅員の条件をクリアした |
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左:3階 増築部廊下 4階廊下が片持ちで出ているため、上部から光が差し込む 右:旧舎の外壁ファサード柱の柱頭部 リノベーション前は、下から見上げることしかできなかったこの部分は現在では間近に見ることができる。内田ゴシックの特徴である |
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・北側増築 北側増築部に関しては、重厚な旧舎とのコントラストを生み出すため、メザニンフロア(中二階)や建築図書室が入る中央部分を、鉛直荷重のみを負担する細い鋼管で支え、繊細で透明感のある空間とした。水平耐力の弱い中央部を、鉄骨 鉄筋コンクリート造の頑丈な両サイド増築部により支える構造となっている 左:北側増築部ファサード 右:北側ファサード中央部 |
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円形講義室 講義室エントランスは下部のみであったが、メザニンフロアの付加により上部からも入れるようになり、利便性が向上した |
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北側増築部 2階 メザニンフロア ワンスパンのSRC。細めの丸い柱は、横力は受けずに、鉛直荷重だけを負担。細い柱のまま耐火性能を確保するため、当時画期的であった耐火塗料を使用した |
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北側増築部 3階 図書館 講義室の上部にあたる部屋であり、デッサン室として使用されていた。現在は図書館として利用されている。柱の性能は、メザニンフロアに同じ |
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・中庭増築部 中庭の増築部に関しては、中庭は本来建物の中心であるべきという主張から二層の広い空間を用意し、上部にはパブリックなソフトを想定した。建築学科側は製図室として、社会基盤学科側は演習室・図書館として利用されている。天井から光がこぼれる明るい空間となっている。 |
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左:増築前中庭。物置きと化したバラックが建ち並ぶ 右:製図室の断面図 |
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左上:増築後中庭、製図室外観 左下:製図室内観。光の溢れる製図室として改築した 右:中庭 |
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■コメント 建築学科の建物の中心であるべき製図室、図書館を新たに大きく中心に付加することで、コミュニケーションが生まれる可能性を引き出すことに成功している。そして新旧のディテール・デザインの対比が織り成す空間が、ここで建築を学ぶ学生に大きな刺激を与えている。 また、当時は改修、改築、刷新の事例が数少なかったため、建物を壊さずに残すことの意義を強く問い直したという点も特筆すべきであろう。こうした問い掛けは、リノベーションの事例が増えている昨今においてこそ改めて教訓とすべきであろう。 最後に、次のような香山先生の言葉が強く印象に残っていることを記したい「内田祥三先生が生きていたら、きっと褒めてくれたのではないか」。
(河岸俊輔)
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