Renovation Archives [052]
N.A.S.A設計共同体、Tsukikage Renovation
●宿泊体験交流施設[小学校] 《月影の郷》
取材担当=稲垣淳哉

概要/SUMMARY

左上:校舎外観(前)
右上:校舎外観(後)
右下:竣工式
■地域の少子化・過疎化により閉校となった、新潟県上越市・月影小学校の再生計画である。本プロジェクトの企画、設計は、地元浦川原村(2005年に上越市と合併)と以前から交流のあった法政大学渡辺研究室と、同じく東京周辺の建築意匠系研究室である横浜国立大学北山研究室・早稲田大学古谷研究室・日本女子大学篠原研究室が行なった。2001年に小学校閉校が決定して以来、この4つの研究室は、他学間共同研究プロジェクトとして地元住民とのワークショップを開き、地域の核となってきた小学校をいかに残すか、議論を繰り返してきた。また、竣工を前に小学校が位置する浦川原村は、市町村合併により上越市浦川原区となった。どの地域にも「学校」に対する愛着は存在するが、過疎地域における閉校は、地域の具体的な共有物・交流機会を根本的に失う切実な問題となる。「村」を失ったこの地域にとって、それに代わるものとして、本プロジェクトがあるとも言える。3年におよぶ基本設計までの学生と地元住民とのワークショップの過程では、アーティスト・イン・レジデンスへの転用なども目論まれていたが、結果的に、農林水産省からの補助金を受け、地元在来のアグリツーリズム(農村田舎体験)を基盤とした、宿泊体験交流施設へと用途転用することになった。今後は、建築系の学生との関わりが深いことから、作品制作や展示の場としての活用、近隣地域で開催される越後妻有アートトリエンナー レの関連施設としての活用、また地場農産物の加工センターとしての利用も視野に入れている。そして、本プロジェクトの特質すべき点である大学院生による設計チームの施設との継続的な関わりは、設計・施工・運営・研究と広範にわたり、そのことが施設・事業の独自性と持続性に大いに寄与している。
設計概要
所在地=新潟県上越市
用途=宿泊体験交流施設(以前は小学校)
構造=鉄筋コンクリート造
規模=地下1階地上3階
敷地面積=12,800平米
建築面積=1,284平米
延床面積=2,078平米
竣工年=2005年4月(既存:1972年)
企画=月影小学校再生計画(法政大学渡辺真理研究室+横浜国立大学北山恒 研究室+早稲田大学古谷誠章研究室+日本女子大学篠原聡子研究室)
設計=N.A.S.A設計共同体
施工=(株)高館組
構造=江尻建築構造設計事務所
設備=(株)アイ建築研究所
施工プロセス/PROCESS
70年代に旧文部省の標準設計で作られた校舎は、非常にニュートラルで、等質な空間の集積である。これに対して、多数のプロジェクトメンバー・複数のチーム・多世代に渡る継続設計システムにより、設計が行なわれた。全体が透徹し・完結したデザインを優先せず、各階各室の個性を生み出しながら、3階教室などの未完部分を積極的に作ることで、今後の継続的な展開の可能性を備えた建物となっている。現段階のリノベーション範囲については、1階旧 職員室を中心に、構造上不要な壁を取り去り大きな空間を確保することで、レストランなど宿泊客と地元住民の交流の場を確保し、2階は普通教室を二分割し、ロフトを新設することで宿泊室とした。外部工事としては、まず降雪などによる屋上階庇の劣化が著しい部分へ防水補修工事を行なった。そして新しい施設イメージ創出のため、デッキス ペースと校舎を覆う杉ルーバーの設置が行なわれ、校舎東側には浴室棟が新設された。
左:校舎外装部建方
校舎に並走して、2.5階高さのある、1、2階のデッキスペースが増築された
右:2階普通教室間仕切り撤去
上:2階ロフト設置
ロフトが新設された宿泊室
左:家具セルフビルド
少し大きすぎるほどのサイズのユニークな家具は、学生により設計、搬入・組立てが行なわれた
右:杉板セルフビルド
地元家屋で見られる積雪時の雪囲いをモチーフにした外装杉ルーバー。日除けとプライヴァシーを考慮し、半屋外スペースを生み出している
現状/PRESENT

校舎外観
旧小学校校舎の面影を残しながらも、新しい施設イメージを伝えられるような外観のデザイン

外装部
校舎南面の2.5階分を、有孔杉板ルーバーが覆う

外装部(2Fデッキスペース)
校舎に並走する、外部の景色と淡くつながる半屋外空間

浴室棟
夜になると校舎脇に淡く灯る明かりとなる、新築浴室棟

1階ランチルーム
校舎内最大の空間をもつレストラン

大テーブルでの晩餐
ランチルームに分散したテーブルは、自由なレイアウトが可能で、寄せ集めて一つの大テーブルにもなる

1階囲炉裏
1階には囲炉裏をはじめとした、地元住民も気軽に立ち寄れ、宿泊客との交流が期待される場所が多く用意されている

2階宿泊室
普通教室を半分にして、ロフトを設けた7名定員の宿泊室

3階普通教室
3階の教室は、今回の工事では対象外となっており、今後その使用方法を計画していくことになっている

3階音楽室
3階には、音楽室や図書室などの特別教室もあり、宿泊室階とは異なったリノベーションが期待される
本事例において、リノベーションの計画段階から工事施工過程、施設運営準備までに、継続的に大量の学生が関わる機会が計画され、実行された。これが本リノベーションプロジェクトの全体にわたる特質である。
デザイン決定に関わる設計システムに、各研究室の教授がチーフとなり四大学の学生がシャッフルされたグループ制を敷き、プロジェクトの進捗状況をメンバー全体で確認するプロセスが繰り返された。その結果、グループのデザインの主張と、施設全体の統一を図る意志が共存している。この建物全体にわたる、未完・非均質な印象は、一般のビルディングタイプでないことの表明と受け取れる。また、意識的に継続を促す設えと造形がちりばめられ、建築を取り巻く環境全体にまでおよぶこのプロジェクトの射程の長さを伺い知る。具体的には、地域との結びつきを自ら培った学生自身が建物のユーザーにもなりかわり随時メンテナンスまですることは、すでに実証されたこの計画の特殊性である。
竣工したばかりの現在では、このプロジェクトの本質を詳らかに評価することは困難であるが、工学的技術による建築の延命法の対局として、本事例に注視する必要がある。
(稲垣淳哉)
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