Renovation Archives [075]
岡部友彦+Funnybee Co.,Ltd
●横浜寿町エリアコンバージョン
《KOTOBUKI : YOKOHAMA HOSTEL VILLAGE》
取材担当=渡辺ゆうか
概要/SUMMARY
設計概要
所在地=神奈川県横浜市中区松影町3-11-2 三和ビル 1F
用途=ホステルフロントオフィス
構造=SRC
規模=地上7階
延床面積=30平米
竣工年=2006年3月
企画+設計=岡部友彦+Funnybee Co.,Ltd
■──高齢化・生活保護・不法投棄・孤立。これらを克服すべく、プロジェクトが始動している。
横浜寿町で現在進行中のプロジェクト《KOTOBUKI》のプロモーション映像作品の一説である。元町・中華街、開発が進む横浜・みなとみらい地区などと隣接しながらも、縦300m×横200mに広がる寿町一画は明らかに横浜の持つ華やかなイメージとは対極に位置している。

寿町は、1873(明治6)年、吉田新田の埋め立てにより開拓され、太平洋戦争後に焼野原になる。しかしながら横浜港周辺は、米軍の物資・食料の集積港として使用された事で、戦後には稀な多くの雇用を生み出し、職を求めて全国から人が集い活気に溢れていた。1956(昭和31)年の米軍接収解除とともに桜木町や港に程近い寿町に労働者の簡易宿泊所が数多く作られ、高度経済成長などの追い風を受けて職と食を得られる場所として賑わっていた。
ところが、朝鮮動乱、ベトナム戦争終結、オイル・ショック、バブル崩壊などの影響を受け、寿町の活気は過去のものとなる。今や負のイメージが定着し、不法投棄された廃車や粗大ゴミが寿町に多く見られる状態に至ってしまった。現在、寿町に住む約6300人の半数が65歳以上の高齢者であり、8割の人々が生活保護を受け、9割の住人が独身男性という特異な状況に陥っている。

このような状況を打破しようと行なわれているのが、《YOKOHAMA KOTOBUKI STYLE》だ。このプロジェクトは、寿町地区全体を生産性のある町に変えるために、さまざまな側面から地域再生事業が同時に進められている。ハード的な側面が強い地域再生のなかで、通常の枠組みに捉われない寿町でのこうした独自の取り組みは大きな可能性を秘めている。
《KOTOBUKI_PROMOTION》
DVDジャケット
まるで映画の予告編を見ているように軽快でかつ洗練された映像は、地域再生プロジェクトをドラマチックに描いている。鮮明にヴィジュアル化されたイメージ映像は、2005年にBankART1929で行なわれた「BankART Life」展で現代美術作品として出展された。現在、BankART1929で購入可能

《KOTOBUKI_PROMOTION》
Produce: Tomohiko OKABE
Director: Ksuke FUKUSHIMA
Composition: Kohske KAWASE
観光地や開発が進められている横浜で、
この地区だけが影の部分として孤立している
寿町MAP。寿町中心部の俯瞰写真

左:後ろに要塞のように見えるのは、労働福祉会館
右:日中から歩行者天国のように人が行き来している
すべて提供=岡部友彦+Funnybee Co.,Ltd
施工プロセス/PROCESS
2006年3月、Funnybeeが運営するYOKOHAMA HOSTLE VILLAGE(以下、YHV)のフロントオフィスが岡部友彦氏の設計のもと東京工芸大学鍛研究室の学生らの手によるセルフビルドで改修され、オープニングを迎えた。YHVは、寿町地区の提携宿泊所/部屋の運営・管理を一括して行なっているホステル事業の窓口を担うと同時に、利用者のサロン的スペースと情報収集ができる機能を兼ね備えている。
寿町にある簡易宿泊所の部屋数は、おおよそ7700室。その2割にあたる約1600室が常時空室になっている。《YOKOHAMA KOTOBUKI STYLE》の大きな柱のひとつであるYHVは、1600にも及ぶ宿泊所の空室をバックパッカーなどを対象にしたホステルに転用し、若者を町に取り込む計画である。現在、2つの簡易宿泊所と提携し、30室がホステルとして使用されている。3畳の部屋に寝具一式、エアコン、テレビが付いて料金は、一泊3,000円。インターネットを通じて世界中から随時予約が入る。昨年の横浜トリエンナーレ2005の舞台と近接していることから、奈良美智など、国内外のアーティストがここに宿泊した。また、女子高のバレー部員20人も遠征試合の際にこの地に足を踏み入れた。
活動を開始してからすでに約800人以上が訪れており、2009年の羽田空港国際化に向けて、事業拡大を進めている。
左:2006年3月にオープンしたフロントでホステルに泊まる為の手続きのすべてをここで済ませることができる
右:フロント内では、海外からの多様な旅行者に対応していくつもの言語のガイドブックを常備している。インターネットも使用でき、交流の場としての機能も果たしている
約3畳の室内には、寝具一式、エアコン、テレビなどが常備されている
ホステル部屋寸法
以上、
すべて提供=岡部友彦+Funnybee Co.,Ltd
現状/PRESENT

ホームレス支援のNPO法人「さなぎ達」。寿町住人のファミリーレス、ホープレスな状態を少しでも改善しようと活動をしている

一食300円、一日2食の献立が日替わりで30日間の構成。バランスのとれた温かい食事は、住人の心と身体を満たしてくれる
「一坪縁台」プロジェクトとして作られた一坪サイズの巨大な将棋盤。この界隈でよく見かける将棋をしている風景と親しみやすさを考えて作られたもの。手に職を持つ寿町住人の手で作られたもので、徐々に台数を増やし町中で展開される予定。勝負が始まると、住人や外国人観光客が自然と集まってくる

「一坪縁台」プロジェクト・イメージ図
制作=日高由紀子

選挙権はあるが、投票ハガキが寿町住人にはなかなか手元に届かない現状がある。そんな状況を打破し、投票率を少しでも上げる為に、色とりどりの矢印600枚用意される。町中に張られた矢印を辿ると投票所に辿り着くことができる。
──ハガキはなくても、選挙権はあるんです

左:投票日の風景
右:投票をよびかけるポスター
企画=岡部友彦+田中陽輔

遠征の為、ホステルに宿泊した女子高生達

YOKOHAMA HOSTEL VILLAGEを切り盛りする
たくましいメンバー
すべて資料提供:岡部友彦+Funnybee Co.,Ltd

海外からの利用者
■本事例は、ただ単に簡易宿泊所がホステルに変わったというだけではなく、この一画で行なわれているいくつものプロジェクトのなかのひとつに過ぎない。ここで展開されている一連のプロジェクトは、住人のケアや、街のイメージ転換を行なうだけでなく、雇用や利潤をも生み出し、かつ、外部から人を呼び込むことで活性化を計っている。「もの」を中心とする地域再生ではなく、寿町らしさを失わずにさまざまな「こと」を展開する、地域再生の新しいあり方である。寿町が10年後、20年後にどのようなかたちになっているかは、今にかかっている。
長く培われた寿町独特の空間性は、決してひとつや二つの建物が作り出しているものではなく、そこに住む人が作り出していると言える。このような地区では、再開発の名の元に個性豊かな雰囲気から当たり触りないものへと一掃されてしまう危険性もはらんでいるが、ここでは、寿町に社会的に不安定な存在である学生、アーティスト、世界中のバックパッカーが入り込むことで、停滞した空気のなかに新鮮な風を吹き込んでくれている。寿町にそのような風が吹き込めるいくつもの窓ができたことで、確実にまちは変わりはじめている。
風向きはいつも一定なものではない。さまざまな角度から吹く風を取り込む為にあらゆる方向に設けられた窓を活用することで、いつも新鮮な空気を取り込む工夫をしようとする柔軟な姿勢をこのプロジェクトから学ぶことができる。
(渡辺ゆうか)
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