プロローグレクチャー

●複合化するデザイン・コンセプト
難波──すごく面白い仕事だなと思って聞いていました。僕も実際にデザインしている人間なので、池田さんと國分さんのデザイン上の判断をお聞きしながら、もし僕だったらどうするかという視点で見ることができたのでとても面白かった。松村さんもおっしゃいましたが、デザインに携わる人たち、特に学生は「コンセプト」という言葉をよく使います。デザインを教える先生たちも、学生に対して「この建築のコンセプトは何だ」と聞くし、学生たちも自分達のデザインの意図を説明する時に、コンセプトと言ったりします。

▲難波和彦氏

コンセプトとはデザインの方向性や意図のようなものですが、そういう言葉を使う背景には、自分がデザイン全体を統御できる、つまりイノベーションできるという前提があるような気がします。しかしそういう考え方は、今見せていただいたようなリノベーションの仕事には通用しません。
このような仕事を見ていると、デザインの意味というか社会的な役割が根本的に変わっているのだということを痛感します。つまり今までのようなデザイナー主導のコンセプト第一主義ではなく、さまざまなコンセプトが複合した、次元の異なるコンセプトヘとシフトしているのだと思います。
もう少し突っ込んで考えてみると、敷地には自分ではない他者が何らかの意図をもってつくった、あるいは自然によってつくられたものかもしれないけれど、ともかく既にできているものがあって、デザインを始める前に、自然を含む他者が考えたことを注意深く読み取り理解しないといけない。
今日紹介された建物では、図面や構造計算書が残っていたために、かつてデザインをまとめた他者の考えを読み取ることが比較的容易だったけれども、今後リノベーションやっていくときには、おそらくそういう資料がない場合が多々出てくるでしょう。そうしたときに他者の意図なりコンセプトを読み取り再構築する技術が必要不可欠になります。つまり既存の建物が建てられた当時の耐震技術、あるいは基礎工事の技術などを、全部自分たちで想定しなければいけないような場合が出てくるでしょう。そのように前提条件が個々の建物ですべて異なるというのが、僕としてはすごく面白いし、デザインの新しいジャンルを形成するような気がするのです。
デザインを志す人間には、複雑で難しい問題を解くことに限りない喜びを感じる、ちょっとマゾヒスティックなセンスがあります。そういうタイプのデザイナーにとっては、リノベーションは解決すべき問題やデザインの前提条件が、今まで以上に複雑で錯綜した仕事として、たまらなく挑戦的なジャンルになるでしょう。今日の話を聞いていても、いたるところに無数の選択肢があり、池田さん國分さんの二人のセンスと僕のセンスが違うと感じた所があちこちにありました。
例えばこの建物はインテリアが全体的に白色で統一されています。白が多いということは、おそらく下にあった何かを隠してしまう作業だと思うんです。リノベーションの場合、元々あったものをどこまで隠すか、あるいはどこまで現わすかによって、でき上がる空間はまったく違ってきます。池田さんと國分さんはちょっとだけ変形した部分の仕上げを残しておられますが、僕だったらもっと既存の仕上げを残すと思います。そのあたりの判断のセンスが微妙に違うなと感じました。
そうしたちょっとした違いで、リノベーションのデザインはまったく違う方向にいく可能性がある。例えばスキップフロアを生かしたところは、おそらく僕も同じようにするだろうなと共感しました。でも、階段はこういうふうにはつけないだろうなとも思いました。しかしどちらが正解というわけではない。おそらくデザイナーの数だけ解答があるのだと思います。
このようにリノベーションにおいては、他者との対話という作業を経るために、デザイナーのキャラクターなりクライアントのセンスがストレートに表現されます。すべてのデザイナーに共通の答はおそらくないので、それだけデザイナーにとってはやりがいのある仕事になるだろうと思います。

●ゲームとしてのリノベーション
INAX出版から『リノベーション・スタディーズ』という本が出ています。若いデザイナーやアーティストが集って開催した連続シンポジウムの記録で、松村さんも参加されています。とてもエキサイティングな本なので、書評を書いたのですが、読んでいてひとつ面白いことに気づきました。
リノベーションの仕事は、まず既存の建物なり周辺環境のコンテクストを読み取ることから始まるのですが、その作業がまるで推理小説や複雑なゲームのようなのです。極端なことをいうと、既存のコンテクストの可能性を読みとって、新しい意味を発見できれば、何も新しいものを付け加えなくても、それだけでリノベーションが成立することさえある。あるいは何か手を加えるとしても、既存のコンテクストを調べていくと、クリティカルな選択の分かれ目みたいなものが見えてきます。そうすると最小限の手を加えることによって、最大限の効果を挙げることが可能になります。このようにリノベーションを一種のゲームとしてとらえることができれば、デザインの仕事として知的でエキサイティングなジャンルになると思います。最終的な課題は、そうした仕事が社会的に認められ、それに対して正当な報酬が払われるかどうかです。つまりリノベーションという仕事が社会的なシステムとして成立するかどうかです。僕の考えでは、リノベーションをデザインだけで成立させるのは難しいと思います。リノベーションの潜在的な可能性は最終的には現場で発見される場合が多いので、デザインだけでなく実際の工事にもタッチしないとうまくいかないし、経済的にも成立しないような気がします。そういう意味で、リノベーションが社会的に認められるようになれば、建築家・デザイナーの職能が変わっていく可能性があるのではないかと思います。

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