プロローグレクチャー

●リファインか、新築か
太田──設計の段階についてうかがいたいと思います。先ほど調査に1年かかるというお話がありました。普通の設計に比べて時間がかかることもあると思うのですが、やはり特殊さはありますでしょうか。

青木──調査に時間がかかるということより、クライアントの意思決定にものすごく時間がかかります。例えば、いま東京で提案している案件が3、4件あるのですが、リファインか新築かという迷いがずいぶんあります。それはクライアントの事業計画ですから、それから先は任せなくてはいけない。企画の段階で調査してもだいたいシュミットハンマーによるコンクリートの強度判定程度のものなので金額は漠然としか出せないわけです。だから調査の段階で耐震補強の予算を組んでくれとか、サンプリング調査の予算をと言ってもできないので、それが難しいところです。ただ、決定してからは割と早いです。現在福岡市内で半公共建築の建物を進めているんですけど、設計にかかるまでにちょうど1年です。だからそれはものすごく辛抱して待たなければいけないことだと思います。

難波──大阪の役所の対応もそうでしたが、リファイン建築だろうがリノベーションであろうが、結局のところ、役所の指導は現行法規に合うようにしなさいということです。コンバージョンに関しては、採光や換気に関する規制が少し緩和されるようになりましたが、問題は耐震性です。新耐震前の建物を基礎を含めて現行法規に合うように補強するのは、実際問題としてきわめて困難です。この問題に関して、青木さんは「ともかく、いまよりも耐震性が良くなるのだからいいではないか」という論理を提出された。これはコロンブスの卵的な発想で、役所としては反論の余地がないわけです。

▲難波和彦氏


青木──地面から下、つまり基礎部分に手をつけるとたぶんリファインより新築したほうが安い。例えば阪神・淡路大震災規模の地震が東京に来るという想定をすると基礎の耐震の問題はわかりますけど、それにそって基礎の補強をするとかなりの金額になります。最初にリファイン建築で考えたのは上部を軽くしようということです。地上部の軽量化を図ることで、だいたい20パーセントは軽くなるんですが、基礎の含み体力はすごく増します。現在進めている《緑が丘シャトー》の場合も、5-10パーセント軽くなってますから、基礎は丈夫になると判断し、それで基礎の問題はクリアしたと片付けてやっています。基礎工事はこんなにコンクリートを打つのかというくらい大量に打ち込んでいます。ところが地上部分は先ほどのスライドの通りです。僕はこれで安心ではないかと思っています。
私の著書『リファイン建築へ』で京都大学の西澤英和さんと議論しているんですが、彼はリファイン建築の現場を見に来て、新築のほうが危ないと言っています。とくに新耐震法以降に建てられた建物のリファインをやっていると、彼の言っていることは本当ではないかという感じがします。どういうことかというと施工ミスが相当多い。これは建設会社の規模に関係なく、現場監督の資質に原因があるようです。人間関係が薄くなっていると同時に職人のレベルも低くなっている。僕らの頃は職人的な教育を受けたんです。シャブコンを打った経験もあるんですが、職人さんからいろいろ勉強させられて、コンクリートの打ち方を教育されたんですけど、いまは左官屋さんや大工さんや電気工事でもプロ意識が全体的に薄くなっているという気がします。それをどうするかということを考えていかないと大きな問題になるのではないでしょうか。

●設計トレーニングとしてのリノベーション
太田──青木茂建築工房の所員の方はものすごく勉強ができますね。建物をリファインすることで時間を遡って昔の設計論と施工法を学ぶことができるわけで、そういうところから新しい設計論が生まれるのではないでしょうか。

青木──学校教育でそういうことをやっていかないといけないのではないかと思っています。

難波──僕は5年前から大学の先生をやっていますが、青木さんとまったく同意見で、建築業界全体が生き延びていくために、そういう教育が絶対に必要だと思います。すぐは変わらないでしょうが、僕としては、まず大学の設計製図の課題から変えていこうと考えて、リノベーションやコンバージョンの課題しか出さないことにしています。いまさら、更地にゼロからつくるような課題をやってもしょうがない。ただ東大に来て1年ですが、学生のモチベーションがついてこないので、現在はどうしようかと悩んでいるところです。

青木──そういうことを求めている一定の層がいるので、きちんと教育しなければと思います。

●木造建築のリファイン
太田──リノベーションのひとつの醍醐味だと思うんですけど、建物を解体していくと、ものの理屈がわかりますよね。物理的にその建物がどうやってできてきたかという想像力から、30年前にどういう風景のなかで建築がつくられてきたのかというのが見えてくるわけです。リファイン建築、リノベーション建築はもの作りの教科書みたいなところがあるので見ているほうもとても面白いのではないかと思います。伝統建築では解体に立ち会って昔の職人さんがどうやって木を刻んだかを学びますが、それと同じようなトレーニングになるのではないでしょうか。

難波──いま僕は築50年の自宅のリノベーションをやっていて、もう気が狂いそうなんです。その理由は木造在来だからです。RC造ならばそれなりに明確なシステムがあるので、リノベーションもやりやすいのですが、融通無碍な在来木造には、基準となるシステムがない。その場に応じてアドホックにやるしかないのですが、僕はそういうやり方がまったく苦手なんです。

青木──じつはまだゴー・サインは出ていないのですが、木造の提案もしているんです。『TOTO通信』に「1000万住宅」という、1000万円の30坪の住宅をつくるというプロジェクトで実際できた建物を取材してもらったんです。その発想の発端は木造のリファイン建築をやろうと考えたことと、自分の家をつくってみたらコストが高くて驚き、ローンに苦しんでいて、かみさんにいまだに頭が上がらないことにむかついたからです。ここでやっているのは軸力と水平力をわけることで、そうすると柱が極端に細くなる。そこに木造建築のリファインをやろうと思ったときの主眼に置きました。
いま1軒木造建築のリファイン建築を提案しているんですけど、じつはオーナーがマンションをつくるのでその工事をやっているのですが、もうひとつマンションをつくりたいと言っていて、木造の自宅は少しあとでいいということなんです。百数十年経っている民家で本当はそれをやりたいと思っています。

難波──既存の在来木造に壁を入れて、それで水平力を受け、あとの柱は軸力だけを受けるということですよね。

青木──木造は軸力も水平力も全部木を使って筋違や貫でやっていますけど、筋違は本当はすごく問題が多くて、貫のほうがいい。それでコンクリートや構造用ブロックで壁を入れてこれを耐力壁としてここに水回りとか収納を配置するとあとは耐震に必要な壁がいりません。空間を開放できるんです。後は、ガラスを嵌めてしまえば完成です。一応僕のなかではできあがっています。従来型の民家の再生を避けてきたひとつの理由は長野の降旗廣信さんが建築学会の業績賞も受賞し、かなり体系化してやられているので、同じ方法でやってもしょうがないと思っていますが、本当は違ったアプローチの手法で虎視眈々と狙っているんです(笑)。

難波──そういう方法でやると、かなりプランが変わりますよね。

青木──自由になります。これまでの木造に比べて、かなり自由なプランをつくれます。極端に言うと古民家でミース・ファンデル・ローエの家が持つ解放性が得られます、もともと日本の民家が持つ開放的な空間に、耐震的な制約がなくなります。そうすことによりミース・ファンデル・ローエに近づけると考えています。
わたしの自宅はちょうど築10年なのですが、自分の家は設計料もらえないからいい加減にやってしまいました。いい加減にやって、女房というクライアントから怒られている。例えば、火打ちなどをまったく使わないでどれだけもつかというのをやっています。結構もってはいるんですけど、トラブルが起きて、来年くらいには手を入れなくてはいけないと思っているところです。しかし木造は難しいですね。決定的な妥当案をまだ見出せないんです。もともと再生しようと僕自身も考えていなくて、女房から自宅をつくらないと離婚を言い渡されそうでしたので(笑)、適当に設計したのがマズかったのですが、まあ、一般的な住宅はほとんどが女房がら責められてつくりますので、一般的な住宅の再生には、先ほどの古民家と自宅をやると少しは方向性が見出せると思ってます。

難波──青木さんが進められているリファイン建築も、前2回のフォーラムで紹介していただいた中谷ノボルさんや池田靖史さんのリノベーション建築も、もともとの建物がつくられたのは昭和40、50 年代が多い。これからリノベーションが起こってくる一番多い時代のものです。それがコンクリートや鉄骨であれば、それなりの方法をつくることができるでしょう。そのようにして都心再生が実現すると、最終的には郊外に建っている在来木造の問題になってくるわけです。そのためのリノベーションの方法をつくりたいと思っていて、それを自分の住まいで試みているのですが、なかなか難しい。建て直せばいいという論理もありますが、木材を廃材にしては燃やしたのではサステイナブルな意味がない。青木流の廃材を出さないやり方を、木造にどう適用できるかということで考えると、コアをつくるというのはいいアイディアだと思いました。検討してみたいと思います。

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