プロローグセッション
●躯体の再生
スケルトンは60年若返りの術を施して、今後60年間中性化が進まないようにして直そうと考えております。ほとんどは文化財と同等の改修を考えているんですけれども、南側の外壁だけはどうしても今までの修道院のような開口部から住宅を入れるのはどうも難しいということで、ここだけはちょっと手を加えます。それから、避難装置もつけなくてはいけないとか、室外機を置くための場所を考えなくてはいけない。そんなことがあって南側だけは新規に考えましょうということにしています。
コンクリートでコア抜きをしてみたら、平均強度が224キロというすごい強度が出たんです。私もこれには本当にびっくり仰天したんですけども、これは戸田建設、当時戸田組二代目戸田利兵衛の作品で、コンクリートは大変よく打てています。それでも、コンクリートは見事に全部中性化しているんです。ただ水が入っていないところは、鉄筋の状態をはつり出して見てみましたけど、まったく錆びも入っていないし、強度にも影響がない[fig.4-01]
fig.4-01
ラーメン構造については、壁が十分縦横に入っているので、これを壁式構造に置き換えてみても耐力は十分あるということで、現在、東京都の防災まちづくりセンターで耐震改修の評定を受けています。この評定で間違いないということに間もなくなる予定です。躯体のあちこちに鉄筋が出ていたりするところは外部のモルタルや、コンクリートも全部はつって、爆裂した部分の鉄筋は取って新しいものに置き換え、そのあとアルカリ性回復溶液を浸透させて回復させ、外周に新たにコンクリートを打ち増すわけです。そうすると新築建物同然の耐震性が得られるのです。
まちづくりセンターの学識経験者の先生方が設計図だけでは信用できないから、鉄筋をはつってみろというので、今無残にいろんなところをはつらされているんですけど、確かにスタラップとかフープの間隔は今の基準にはまったく合わない。けれど、それの低減を考慮したうえでもなお強度的には問題はないということになっています。
今ツタがからまって大変いい雰囲気なんですけど、ツタは全部はがしてしまいます。それでも新築当時の表情をそっくり残していこうということでやっています。

fig.4-02
fig.4-02は東面ですが、上がオリジナルのかたちで下が改修後ですけれども、ほとんどオリジナルのかたちを踏襲します。トイレだったところはエレベーターホールになるのでそこに窓をつけようとしています。これは立面図なので出ていないんですけど、オリジナル図面でアーチの出入り口の前についている手摺りはもう少し前に出してポーチ風な場所をつくり、そこをエントランスにしようと考えています。
この修復で一番激しく変わるのは南側です[fig.4-03〜05]。こういうのは今日いらしている先生方に駄目だと言われるかもしれないんですけども、この窓の広さで住宅にするのは自信がないので、少し窓を広げて避難用のバルコニーをつけ、あと室外機置き場をつける。ヨーロッパの歴史建造物の修復はもっと大胆なことをやっているので、これくらい全然問題ないと言われるかもしれないですけれど、文化財の先生なんかが見ると目をむくような話なので、ちょっとおっかなびっくりやっています。その他は、だいたいほとんど元のかたちを踏襲して修復しようと思っています。文化財級の修復を10人の新たな住人たちとともにやろうとしているわけです。

fig.4-03 南立面図 fig.4-04 西立面図
fig.4-05 北立面図

●住戸設計
普通のコーポラティブですと、躯体がゼロのところから考えますが、今回は躯体はすでにできています。こういう歴史的な建物を利用するからには、インフィルにも専門的なノウハウが必要だろうということで、われわれの設計チームがいくつかの標準設計を用意し、その標準設計の中から選んでもらう程度のものに設計自由度を限定したいと考えています[fig.4-06・07]。申し込んできた人の中には建築家が多いんですが、どうしても標準設計が気に入らないという人たちにはスケルトンで渡してしまうことを考えています。ですから、その人たちは自由自在にできるということです。

fig.4-06 fig.4-07

fig.4-08
この建物の元々のプランでは、食堂があって、厨房、浴室、トイレがあり、あとは寮室がずっと並んでいる。舎監のための住宅もある。舎監の家は元々この庭にあったんですが、私の祖父が学生と一緒に住みたいということで急遽ここを改造して、舎監の住宅にしています[fig.4-08]。今回の改修プランがfig.4-09・10になります。元のプランでは6畳単位で壁が入っているのがわかりますが、それを変えて、6畳2つあわせて12畳の区画にしています。本当は共用部分をもう少し残したかったんですけども、エレベーターホールのすぐ前とその横に入口のある住戸があって、Eタイプはメゾネットになっています。この事務室は私どもの事務所を予定しています。2階も同じように寮室があって、舎監の住宅の2階もあったところですが、一番小さなタイプの住戸や、メゾネットタイプの上階が

fig.4-09 fig.4-10

fig.4-11
あり、事務室の2階もあります。これが3階部分で[fig.4-11]、ここだけは広い住戸があります。このように機能主義建築というよりも様式建築に近い規則的なプランは、スケルトン再生のためには非常に便利だということがすごくよくわかります。例えばここの住戸に入る人がこちらの部屋も欲しいと言ったらそれを一緒にして単独の小さなユニットにするとか、またはこちらの人が欲しいと言えばそれに対応するように、真ん中の壁の中央部分は構造的には抜いても認定はOKになるように計算をしてもらっています。ちょうどヨーロッパの宮殿建築が部屋をたくさんつなげて自分の居住エリアをつくるように、部屋をたくさんつなげて住んでもらうことを考えています。
fig.4-12〜23は1軒ごとのプランです。そんなにおかしなプランにはなっていませんが、実際に買う人はいろいろ注文をつけるので、標準プランのままではいかないだろうとは思っています。

fig.4-12 A住戸計画図 fig.4-13 B住戸計画図
fig.4-14 C住戸計画図 fig.4-15 D住戸計画図
fig.4-16 E住戸計画図 fig.4-17 E住戸計画図
fig.4-18 F住戸計画図 fig.4-19 G住戸計画図
fig.4-20 H住戸計画図 fig.4-21 I住戸計画図
fig.4-22 J住戸計画図 fig.4-23 J住戸計画図

●事業方式とその仕組み
コーポラティブの方式ですけれども、コーポラティブだからなんでもかんでも自分たちで決めてできるのではなくて、歴史的建物の再生を目標に賛同された方だけでやるということをしつこく書いています。一般にコーポラティブの時には設計者とコーディネーターとは別主体で、設計契約もコーディネーターが仲介して間に立つのですが、今回はそういうのもひとつのチームでやろうとしています。普通は建設会社を選ぶところでコーポラティブは苦労するんですけれども、これは戸田建設指名でやります。定期借地期間は60年間で、60年目に求道会がこの建物を買い戻した後に定期借家に切り替わり、建物引渡後2年間住んでいただこうという計画です。

事業の仕組みとしては、最初は建設組合をつくってもらい、建物が完成したら管理組合をつくってもらうということです。60年目にはその人たちが建物を取り壊すか返すかという選択を迫られるんですけど、その時なるべく取り壊さなくてすむようにきちんとメンテナンスしてもらえるような契約をしておいて、無事60年後に建物を買い取りたいということです。今申し込みを受け付けていまして、まだ空きがあります(笑)。ただ、買いたいと思われた方も、これだけ古い建物を直すというと本当かしらと思う気持ちもおありだろうし、応募者のなかに多い建築関係の方はもっとも疑い深い人たちでもあるので、これから契約までひと波乱もふた波乱もありそうな状態です。一応、無事にいけば来年の7月にはできあがる予定です。東京理科大の大月敏雄先生が実測調査をやりたいとおっしゃって下さったり、いろいろな記録をとりたいという方がいらっしゃったりするので、そうした応対におおわらわという状況です。[了]

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