プロローグセッション

▲安孫子義彦氏

●床上に上がった配管システム
昔の設備は当然のことながら天井裏配管でした。古い建物を見ますとほとんど天井裏に排水配管が入っていて、必要なところでスラブ貫通して設備機器につながっています[fig.1-01]。それが、あることをきっかけに床上で全部処理しようという考えになってきました。それが昭和37年の区分所有法(建物の区分所有等に関する法律)で、上下の区分所有・管理を含めて別の区分にしようということになってきたために、設備もそのあおりを受けざるを得なかったわけです。床下で処理するのと床上で処理するのとでは、どのような差があるのかというと、[fig.1-01]の表で○が付いているのはだいたいよいということです。いわゆる区分所有が明確になるとか、維持管理が床上からできる、防火区画の貫通処理がなくなる、下階に騒音が伝わらなくなるなどです。問題としては、床下に排水の勾配がとれないということがあります。そのため配管の上に床を張りますけれども、そこが非常に厳しい条件になってきます。一方、スラブ下配管にはいろいろな問題がありましたが、唯一よかったのは、いくらでも排水勾配がとれたので、排水にとっては天井裏配管というのはそんなに悪いことではなかったんです。

fig.1-01

昭和37年以前とそれ以降ではいろいろな変化があることがわかります[fig.1-02]。これは特に、昭和37年に区分所有法制定され、また昭和58年に中高層共同住宅標準管理規約ができたことによります。それまでの区分所有は、ただ区分しているだけで、どこまでが共用部分でどこまでが専有部分か明確なけじめはなかったわけですが、昭和58年以降は、共用部分と専有部分が明確にわけられて、設備そのものもどちらかに位置づけられるようになってきました。それに沿っていろいろな開発がなされたわけですが、なかでも一番大きいのは、昭和43年ごろから進められた配管工事のユニット化です。
先日、霞ヶ関ビルを設計された池田武邦先生にお話をうかがったときに、先生は海軍にいらっしゃったので造船業に非常に明るくて、船をつくるときはほとんど工場でつくったものを現場で組み立てるだけなのだそうですが、そういうものをこの霞ヶ関にも入れたとおっしゃっていました。ご承知のように、霞ヶ関ビルのトイレは壁つきのユニット化をしています。あれはアメリカ式の方法で、壁に荷重をまかせるための仕掛けをもっています。その後昭和47年くらいから住宅における設備のユニット化がいろいろな形で進んできました。昭和47年に設立された(社)日本住宅設備システム協会は本来バスユニットを普及させるためにつくられた協会でしたが、ここでももう少し広い範囲のシステムをやろうということになりました。ユニット化できるということは、要するに、床上で処理するという考え方を支援しているわけです。直床でいろいろな防水処理をするのは非常に難しい。穴をあけるわけにもいかず、床上で転がしていくために二重の床をつくった防水方式ができてくる。しかしそういう床上配管を支援するユニット化の方法が出てきたために、配管システムが床上に上がってきたと言えるのではないかと思います。

fig.1-02

●特殊排水継手の開発
2番目のテーマは「二管式から単管式へ」です[fig.1-03]。基本的に排水の立て管は、従来は二管式、すなわち排水管と通気管があって、片方は水が流れてもう一方は空気が上に上がって外気へ逃げていく仕組みになっている。これはどちらかというとアメリカで使われてきた方式です。それに対して、1本の配管で上のほうに伸頂通気管をつける、いわゆる単管式と呼ばれるシステムは、どちらかというとヨーロッパで使われてきた方式です。この2つがどっと日本に入ってきて、さてこれからどういう方向で考えるかというときに、排水の継手の開発が進んできました。もともとこの継手は日本にはなかったため、スイスのソベント、もしくはフランスのセクスチャーという継手が導入されています。こういう継手が入ってくることによって単管式が出てきたわけですけれども、問題はヨーロッパでは8階建てくらいの建物で使っているのに対して、日本は8階にとどまらずに次第に高層化が進んでくる。ここから特殊排水継手のいろいろな開発テーマが出てきたわけです。

fig.1-03

fig.1-04は特殊排水継手を整理したものです。特殊排水継手の原理は、大きく分けると、旋回流方式、オフセット方式、排水通気二層管方式の3つの方式がありますが、今はほとんど旋回流方式です。ここに模式図を示しましたが、排水が上から流れてくると横の枝とぶつかり合って水と空気が混合します。この特殊排水継手のよさは、排水管のなかに空気のコアをうまくつくることです。旋回流にすると真んなかあたりに空気の穴ができて、上手に水と空気が入れ替わる。これがこの継手のひとつのうまみです。オフセットは、ここに模式図はありませんが、上からくる配管を45度くらい振って次へやる。45度振るときに空気のスペースをつくって空気の入れ替えをするという仕組みです。要は、水でいっぱいになったら流れないわけで、下にある空気が上がってきてくれないと上手に流れない。それをうまく流すために、こういう特殊排水継手を開発しました。セクスチャーはフランスで開発されたもので、旋回流方式によって水と空気を分離する。オフセット方式のソベントは、雁行しながら流れていくことによって水と空気を分離する。この2つの方式が昭和35年から48年くらいに導入されたのを皮切りに単管式システムが生まれてきて、日本でもいろいろなメーカーが継手の開発を始めました。小島製作所、クボタ、セキスイ、昭和電工などがつくり始めたわけです。当初、メーカーはフランスの建築センターに設置されていた継手の形を観察したり、実験を見たりしてつくり始め、小島製作所はコアジョイントのシリーズ、クボタは集合管継手、昭和電工はエクセルなど独自の継手の開発をしています。

fig.1-04

●特殊継手の進化、そして低コスト化へ
特殊排水継手の性能は重要です。例えば11階建の建物の10階から排水を流すと、配管を流れていくときに上の空気をどんどん吸い込んでいく。そうすると配管のなかは負圧になります。管内圧力には正圧と負圧がありますが、次第に下にいくにしたがって負圧は終わり、1階へ近づくと配管は脚部で曲がるため、今度は逆に正圧になります。上から水が落ちてくると、上の空気は引っ張られるし、下の空気は押し込まれるような形になるからです。そうした配管のなかの空気の圧力の変化はfig.1-05のようになります。これは管内の圧力を表示していますけれども、これがある一定の圧力を超えると、継手に接続されている横枝管の各種衛生器具のトラップの封水に影響を与えます。その封水の深さが一般に50mmと言われるのは、50mmAq(0.4903kPa)の圧力に耐えられるということですので、管内の圧力変動が50mmAq以内であれば、その封水は飛ばないということです。ですから、どれほど配管のなかの圧力変動の幅を小さくできるかというのが特殊排水継手の能力表示です。配管のなかの圧力変動が小さければ小さいほど流量はたくさん流せるということなので、排水継手の開発競争は、どれだけの水を流せるかを表わす「許容流量」の競争になったわけです。その結果いろいろな工夫がなされた継手がつくられました。流量が増えて圧力の変異の幅が膨らんで400パスカルを超えると、破封が起きます。逆にマイナスになると吸引されてしまいますから、立て管には一定の流量しか流せないことになります。このような排水能力曲線を各社が提示するようになっています。

fig.1-05

排水というのは理論化がほとんどできていなくて、こういうことは実験的にしかわからなかったものですから、いろいろ実測をしていこうという動きが出てきました。国産化が開始された昭和50年頃、ベンカン、クボタ、小島などが30m級タワーをつくりました。fig.1-06は八王子にある実験タワーです。この奥に中層タワーがあって、高さ約30mですから、実際には10階建相当の高さの排水実験ができるわけです。上からいろいろ負荷をかけたときに、どれだけなかの圧力変動を抑えられるかということで、その継手の性能を評価しました。ところが次第に建物の高さが10階では収まりきらなくなって、20階、30階となり、最近では50階まで上がってきている。そうしますと、排水は、上から流したら全部同じ性状でいくだろうかという単純な疑問が生じてきました。それを解決するためにはでっかいタワーをつくってみる必要がある。ちょうど都市博をやるというときにそんな提案をしていたら、都市機構が平成2年に超高層に対する実験をするタワーをつくりました。これは高さ108mあるので、百八つの煩悩だという話もあったんですけれども(笑)、ちょうど横田基地に飛行機が入る進入路になっていまして、これ以上高くできなかったということがあります。100mありますと、36階建てくらいの実験ができることになります。タワーのいろいろなところから水を流して管内の圧力変動を見て、その継手がどこまで許容流量をもっているかを随分実験しました。これができたために、今はほとんどの継手メーカーの実験が終わっていまして、だいたい設計のルールはできてきていると言えます。しかしこれは36階です。もうすでに50階建てのマンションをつくっているわけで、それは大丈夫なのかということになりますので、実験と同時にシミュレーションの技術開発をして、50階まで可能にする理論を開発しました。今はそれで落ち着いて、いわゆる高さ競争はもうやめようという話になっています。それより今度は、継手の低コスト化を図ろうということになってきたため、よい性能だから買ってくれるという保障はなくなってきました。35〜36階まではもって当たり前となってきて、許容流量確保の競争は一段落しているところです。今汐留にも都市機構の54階建ての建物がありますけれども、そうしたところも全部このような特殊継手を使った配管方式をとっています。
ヨーロッパでは8階建てまでが単管式の領域だったのですが、日本に入ってきて初めて30階建て以上の建物に単管式排水システムを入れることができるようになったと言えます。


fig.1-06

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