プロローグセッション
●不動産管理能力を見る
築30年以上のマンションを見ていて気になったのは、共用部分の室内化です。アジア的でよいという話もありますが、ベランダ、バルコニーの室内化は避難の妨げになりますので気になります。これは2方向避難と避難経路に関わりますから、全体をコントロールしていく必要があるでしょう。それから築30年くらいのマンションになりますと、建物の見た目だけでなく、日常生活の使い方によってものがあふれ出してくることも起きてきます。そういう場合、品よくあふれ出してくることはないですね。さらに細かいことですが、ゴミがどの程度落ちているかを見まして、どの程度ゴミがあふれ出しているか、清掃が行き届いていないかという点を見ました。清掃が行き届いていなかったり、私物があふれ出ていたりするマンションは、たいがいメンテナンスされていないダメなマンションです。いつも申し上げますのは、日常清掃がきちっとできているところは大規模修繕・メンテナンスもきちっとできていきますし、リノベーションリフォームもできています。私物があふれ出ているようなところは、それらができていない傾向があります。
リノベーションやリフォームができるマンションであるかどうかは、3つくらいのポイントからわかります。ひとつは、はじめのつくり方に問題がある場合で、なかにはかなり管理しにくい建物もあります。2つ目は、しっかりメンテナンスしてきているという過去の経歴です。そしてさらに、そのメンテナンスを可能にしてきた、ベースとなっているものは、管理組合の能力です。これは不動産管理能力とも言えると思いますが、この違いが明らかに建物の質の違いになってきます。私たちは不動産学部にいますから、見た目がいいだけではなくて、評価が気になって不動産の価格をよくチェックしていますが、30年経っても価格が落ちない、あるいは市場性があるのは、しっかりメンテナンスされているところになります。
次に、管理組合能力とは何かということです。まずは、マンション管理の基本は、規約・集会・管理者の3つです。マンションは、各部屋を専有部分と呼んで、廊下・階段・エレベーター等みんなで使う部分を共用部分と呼んで、分けることができないひとつの建物を無理やり分けて区分所有し、各部屋は原則として自分で管理していくのですけれども、みんなで持っている部分はこの管理組合で管理していきます。これが日本の分譲マンションの大原則ですから、特殊ないろいろのルールがございます。各部屋ごとに違うオーナーがいるということで、そのオーナー間の調整をどのように行なっていくのかが管理組合の能力になるわけです。

●管理組合――規約と総会
管理組合は何をするのかといいますと、ひとつ目は建物のメンテナンスです。日常的な修繕から、リフォームやリノベーションをやっていく。そして、2つ目として生活管理の側面もあります。例えば、このマンションでは原則としてペットを飼うことが禁止だという場合、具体的にどのようなペットなら飼ってよいのか、といったルールを作って決めていくのも管理組合の仕事になります。建物がうまくいっているところは、だいたいこの面もうまくいっていますから、やはりこれは両輪ということです。建物のハードの部分と生活のソフトの部分を繋げているのが、マンションの場合にはマネージメントです。これが管理組合の三つ目の仕事です。賃貸の場合は1人のオーナーで決めてできるわけですが、区分所有のマンションの場合には、100戸ある場合なら100人のオーナーの合意をとって進めていく。この特殊な仕組みのゆえに、うまくいくところとうまくいかないところがあるわけです。その基本として、規約を作るようなっています。ご存知の方もおられると思いますが、マンションはどの建物の場合でも、基本は区分所有法に従いますが、私のマンションではリフォームをこうする、と決めることができます。これを管理規約と言います。さらにそのリフォームについて細かく具体的に決めていくこともできます。これが細則ですが、各マンションごとにルールがあるということです。さらに、この規約は強い効果を持っておりまして、わかりやすく言いますと、マンション内の憲法ということになります。法律ではなくても、マンションの中の規約として決まりますと、皆さんはこのルールに従わなければいけません。例えば、ペットを飼ってはいけないと規約に書いてあったのに、「みんな飼ってますから」とペットを飼って住んだとします。そのペットはいい子で、ご近所に迷惑をかけなかったとしても、もし、この人がペットを飼っていることが問題になって裁判までいった場合には、この人の態度が規約に合っているかどうかが問われまして、ペットがご近所に迷惑をかけているかどうかが問われるわけではないのです。規約は、このような効力を持っていまして、そこに住んでいる方同士の契約関係ということになりますが、意外にこのあたりをわかっていなくて、いろいろなリフォーム工事をしてしまうという事例も見られます。
マンションの場合は、大事なことは全員参加の集会で決めてくださいというルールがあります。そこで決まったことは、規約に書いてあることと全く同じ効力を持つというルールになっています。大事なことは必ず総会で決めるんですが、管理方法を変えるとか、リフォームで何か新しく付け加えたいという場合は、4分の3以上の多数決となります。建て替えは5分の4必要です。そして、集会の場でたとえ反対だったとしても、1回決まったことには従わなければいけないわけです。マンションは自治管理能力を持っております。この1〜2年で変わってきたことと言いますと、基本的に普通の大規模な修繕は過半数でいいことになっています。これは1〜2年ほど前に変わった法律ですが、昔は4分の3以上いるということだったのですが、大規模修繕をするのは当たり前だというところまで法律が認めてくれたということです。メンテナンスをしていくのが当たり前と見なされるようになってきましたから、次の課題はリノベーションかなと思います。形を変えることに関しましては4分の3以上の多数の賛成が要ります。4分の3だけでいいのかとおっしゃられる方もいるかもしれませんが、マンションにお住まいになり、理事もされてきた方であれば恐らく、4分の3の合意をとるのは、実は現場ではとても大変な作業であるとご理解いただけるのではないかと思います。

●マンション管理者とは
マンションにはいろいろな方がいらっしゃいますけれども、管理組合の中で誰がチームリーダーなのか、チーフを決めておくということで管理者を選ぶ制度になっています。この管理者が対内的にも対外的にも、そのマンションの責任者です。この方の責任は、法が改正されるたびに厳しくなるといいますか、権限が大きくなってきています。日本の場合は理事の中から理事長を選んで、その方が管理者になることが望ましいとされ、そうなっているところが87%、ほとんどのマンションがそうされていますが、これは日本型の特徴で、ドイツやフランスではプロがなっています。プロがお金をもらって職業としてやりますが、日本ではたまたま住んでいて理事長になった人がボランティアとしてやるわけで、これは世界から見たら珍しいスタイルです。この同じスタイルをとっているのが実はアメリカなんですが、アメリカは1人の長が飛び出るのではなくて、理事会で連帯責任をとっておりますので、素人が飛び出て責任を負わなければいけない、という日本のマンションの管理スタイルはかなり特殊かもしれません。そして管理にはかなり専門的な知識も要りますので、専門家が必要となります。
マンション管理の専門家、まず管理会社についてお話します。日本の場合、国に登録している管理会社しかできません。実は賃貸のマンションなら誰でもできるのに、分譲マンションだけは、ある特定の人しかできないという専門家制度を取り入れております。
さらにマンション管理士と管理業務主任者という2つの国家資格が設けられております。それより、今お話したように、単に建築家とか、メンテナンス技術者だけでなく、それを複合的にコーディネートしていくような方々が必要だからです。管理会社の仕事は、事務の仕事と、管理員の手配、お掃除、そして建物設備部分ですが、事務の部分を担う会社だけは、必ず国に登録しなければいけないことになっています。特殊なノウハウを持ち、様々な要求に耐え得るだけのスタッフがいることが求められているわけです。そのスタッフが管理業務主任者となります。日本ではほとんどの場合、そのスタッフが管理業務主任者となります。管理会社に一括して委託する形になっています。
マンションのリフォームやリノベーションは区分所有者、居住者に周知徹底と広報に努め、4分の3の合意を得て、工事が実現することになりますが、そういったことを誘導できる人が、今の日本にそんなに多いわけではないと思います。そしてマンションの場合、ビルのメンテナンスと論理が全く違います。24時間、365日使っていますから、給排水の取り替え、エレベーターの取り替え工事でも、考えてみれば、1日全く使えないと生活に支障をきたします。建物の修繕を「土・日でやってください」というわけにはいきませんので、技術だけあれば対応できるのではなく、住宅としての対応が特殊に求められますし、住まう場ですから、住み手の参加や主体性、安全面を十分に考えて、さらに防犯面も考えてしなければいけません。また、メンテナンスの費用は家庭に入ったお金の中から出しますので、非常にシビアになってきます。工事をする側からすれば、100戸のマンションだったら100人の雇い主がいて、100人がいろいろなことを言ってきたらその相手をしなければいけないわけですから、かなり効率の悪い仕事になりますし、基本的なマンション管理知識もいりますから、こういった複雑で面倒くさいマンションのリフォームやリノベーションはしたくないということになるからです。

●マンションのリノベーション事例
実際のマンションのリノベーションの事例をご紹介します。事例1は、昭和40年代にできた団地型マンションの典型例で、495戸で5階建て、エレベーターがない、部屋は3DKくらいのタイプです。このマンションは、かなり見た目を変えております。エレベーターがない階段室型のマンションを、少しおしゃれな感じにイメージアップして、耐震補強もしっかりさせております。実はこのマンションは建て替えの話題が出て、かなりいいところまでいったのですが、結局話がまとまらなくて、耐震補強と大規模なグレードアップをしました。こうしたマンションに共通しているのは、コミュニティの活動が盛んであるということです。防犯活動をはじめ、夏祭りやバザー、そのほか、非常に丁寧な新聞を毎月発行したりしております。
北海道から沖縄までこの2〜3年で100件以上のマンションを見て歩きまして、いろいろな事例を集めてきた中には、建物のリフォームがしっかりされているところもいくつかありました。事例として新しいものではありませんが、築30年くらい経っている建物で、489戸、7階建てのよくあるマンションのリフォーム例です。大規模修繕の時には、外壁・ドア・階段の色の塗り替えですとか、照明器具の取り替えなどを大々的にやっています。ここが面白いと思ったのは、実は高齢者へのお食事会、週1回のデイサービスを行なっているということです。マンションには必ず集会所がありますから、ここを拠点に週1回のデイサービスをしています。また、せっかく同じマンションに住んでいるのだから、いろいろなグッズは何でも貸し出しをしようとか、夏祭りに使うものを置いておいても仕方ないからレンタルで貸そうとか、ちょっとお金を集めたらこれも管理費に使えるということで、居住者の作品を飾るコーナーを大規模修繕の時に設けたりしています。こうした試みによって自分の住宅への思い入れが高まっていくわけです。
マンション管理をやっている人の間では少し有名なのですが、横浜にある築33年のマンションは、最寄の駅からものすごく遠いところにあります。お父さんたちが飲みに行くと帰ってくるのがとても大変だということで、このマンションの中に自分たちでクラブを作っています。ボトルがキープされていて、カラオケがあり、1日50円で誰でも利用できます。これは汚水処理機械室のいらなくなったところを使ってやっていまして、イベントやマージャン等にも利用されています。このマンションは、親戚の人が泊まりにきた時に使える和室と、薪で炊ける風呂もありました。
真面目にいろいろなことを考えているマンションのなかには、リバースモーゲージ(自宅を担保にした老後の生活資金融資制度)への対応を考えているところもあります。
歳をとってこられるとマンションのほうがいいとおっしゃる方が多いですが、高齢者の問題に取り組む事例では、管理組合がボランティアの斡旋をしているところもあります。助けて欲しい人と助けられたい人が登録して管理組合が斡旋作業までやっているほか、防犯活動なども行なわれています。
いろいろなマンションを回っている時に北九州で見た事例は、建物の色がピンクなんです。これは大規模修繕の際に、大概のマンションでは盛り上がるために色投票会を行ないます。そこで、一番多い色を選ぶのですが、だいたい事前にプロの方が妥当な色を3つくらい選んである中からの投票なのですけれども、ここでは「まさか」と思ったピンクが選ばれたわけです。管理者は「これでもよくなったのよ。色は薄まったわ」とおっしゃっていました。こんなにピンクでも、住んでいる方は「可愛い」とおっしゃってこよなく愛していらっしゃるし、ご近所の方も怒っていませんでしたから、いいかなという感じです。
そのほか、古めかしいドアを新しいものにしていくとか、オートロックにしていくということがあります。スロープを設けた事例では、スロープの下になぜか階段が2段あります。これは専門家がちゃんと見れば、こんな馬鹿げたことはしないわけで、そうした常識のわかる専門家と管理組合の意見とをまとめ、適切に誘導することが必要になるということです。
管理組合としての取り組みは専用部分についてもありまして、大規模修繕の時に、風呂場、洗面、台所の一斉取り換えあるいは共同で取りかえを斡旋するところもあります。実は、個別の住戸のリフォームで共用部分に大きなダメージを与えるようなとんでもない取り換えをすることがありますし、まとめて買うと安くなるということもありますので、大規模修繕の機会を利用して各住戸のリフォームに取り組むことはいいのではないかと思っております。
こうした事例を見てきますと、建物を物理的にちょっといじるだけではなくて、人々をコーディネートしながらいい空間を作りあげていくという仕組みが必要になる、ということです。

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