プロローグセッション
●麻布パインクレスト
もう一つの建替えの事例として麻布パインクレストがあります[fig.3-01]。これは昭和47年完成ですので、今は築30年以上経っていますが、建替え決議を行なった頃は、まだ築28年という状態の47戸のマンションでした。南北線の六本木一丁目駅に至近の立地で、現在は住友不動産のガラスのタワーがありますが、そこの再開発の隣地です。再開発のために敷地の一部に再開発地区計画の二号施設の道路を通すことになりまして、容積率がアップできることになりました。それで10年くらい前から建替えの話がでてきたわけです。当初は再開発のディベロッパーが事業協力者になり、大手の設計事務所がコンサルタントとして入って、建替えの事業化を検討し、建替え決議を取りました。始まったのが平成6、7年で、まだバブルがはじけていなかったので、いい条件で建替えの話がスタートしました。ところがマンションの売値はどんどん下がって、地権者もいろいろな要求をしていましたので、ディベロッパーが事業化を断念し、大手設計事務所もコンサルタントを降りて計画が頓挫しました。完全にダメになったのが平成11年だったのですが、そのあと平成12年春にたまたまこのマンションの区分所有者の一人が東京大学の工学部長をされた先生だったので、伊藤滋先生にコンサルタントを依頼されたことから計画がスタートしました。安田講堂でつるし上げを受けたときの戦友だったそうで、伊藤先生は仲のよかった先生から頼まれたわけです。そこで建替えの勉強会を開始して、平成12年12月に建替え決議を成立させていますが、その間、伊藤先生が依頼されてから3カ月後にその依頼者が亡くなってしまったのです。非常にお世話になった親友の遺言になったということで、今度は伊藤先生が本格的に取り組むことになりました。私も伊藤先生とはいろいろなご縁がありまして、建替えのコンサルティングの実務を担当することになりました。しかし、ここも反対派がいたものですから、13年の春から裁判を開始しまして、秋に和解するまで結構いろいろ大変でした。

fig.3-01

マンションの建替えに際しては、裁判が当たり前になっています。そういうことで、ディベロッパーはやりたがらない。それでも、平成14年12月に着工して16年10月に完成引渡しとになりましたが、この間非常に大変でした。築30年を待たずに建替えを必要とした理由として、まず施工品質が悪かったことがあげられます[fig.3-02]

fig.3-02 麻布パインクレストが築30年を待たずに建替えを必要とされた理由

この建物は某大手ゼネコンが施工しましたが、欠陥工事、手抜き工事と言われても仕方ないくらいのコンクリートで、手で削ると鉄筋が露出するまでボロボロ崩れてくるような状態でした。二つ目はマンションの管理体制の不備です。平成7年頃まで、ディベロッパーが頼んだ当初の管理会社は、単に管理人を入れただけで何も管理していませんでした。当然長期修繕計画もありませんし、住民にも管理意識が乏しく、コミュニティもコミュニケーションも十分でありませんでした。なかでも最悪なのは、駐車場を分譲してしまったことです。その駐車場維持費で使用者が払うのは月々500円です。駐車場料金を5万円以上とれるところで500円しかとっていないわけで、500円というのは車を洗うのにかかる水道代です。それでも住民の意識は駐車場の権利をもっているのだから当然ということで、修繕維持費の積み立てができなかった。たとえ施工品質が多少よくなくても、手を入れておけばこんな状態にはならないのですが、壊すところにくるまで大規模修繕を一度もやっていない。当然維持管理の記録もなくて、当初の設計図があるのみです。マンションの価値は、管理の質で決まるということを前回齋藤広子先生がお話されたと思いますが、まさにそういうことだと思います[fig.3-03]
fig.3-03 麻布パインクレスト建替えの教訓と意義

大手のゼネコンが施工して、東京のど真ん中にあって、築30年にも満たない状態で、もしも隣で再開発が起きなかったとしたら建替えもできなくて、資産価値がゼロとはいわないまでも限りなく低いマンションだったわけです。しかしここは、建替え決議によってわが国初の老朽化マンションの建替えが行われました。ではどうやったかというと、実際はディベロッパーが逃げた後なので、伊藤先生が個人でディベロッパーをやったわけです。住戸数は47戸を71戸にしました。その時に、最初はすごくいい条件で建替えをするということだったので、建替え決議をやり直した時も地権者は条件を変える気がなくて、同じフロアで同じ面積なら建替えの負担を全然しなくていい、という条件で賛成したわけです。それを満たすためには残った床を高く売らなければならないけれども、19戸しかない。71戸のうち19戸を売って事業費を生み出すのは無理です。だからディベロパーが入れない。それで伊藤先生が19戸を処分することになりました。結果は15戸を森ビルに買ってもらいました。伊藤先生が森ビルに「お前面倒見ろ」と恫喝して買わせたんです(笑)。残り4戸は伊藤先生自ら引き受けて事業がスタートしました。ところができ上がるまでの3年くらいの間に地権者の経済状態が悪くなって、2、3戸買うと言っていた人が「やめます」と言って手を降ろしたんです。それらを全部伊藤先生が買い取ることになります。それから、破綻して競売寸前になった住戸もありまして、できあがった時には伊藤先生が11戸も引き受けることになりました。今は少し処分しましたが、まだ大分もっています。普通のコンサルタントにはそんなことは決してできないことです。伊藤先生は再開発コーディネーターという再開発やマンション建替えのコンサルタント団体の会長をしていますが、ある公の場で「マンション建替えのコンサルティングをやるのなら、3億円か4億円は自分で用意できないと」と発言されました。それは結局、地権者に都合のいい数字で合意形成し、建替え決議を行なっても、それを担保する存在がいないからです。この時はたまたま伊藤先生が自らの責任と負担で事業実施を担保されましたけれども、これは例外中の例外です。そういうことは普通ありえないことで、やはり事業実施を担保できるディベロッパーが必要ではないかという気がします。また、建替えについては、円滑化法を使えば、自主建替えができるという幻想がありますが、実際にやってみ
fig.3-04は建替え前の建物の写真です。よくわからないかもしれませんが、実際には錆びついていてひどい状況で、外壁も薄汚れてひび割れています。こういう建物だと同潤会のように何とか残そうという愛着はないですね。住民にもないし、おそらく周りの人にもない。こうならないように管理していくしかないわけで、それができないと建替えをしなければならない。ここは、たまたま隣で再開発が行なわれたので経済条件が整いましたが、普通はできません。
fig.3-04

fig.3-05は完成後の写真です。これは大林組にきちんと施工してもらいました。これも大林の社長が伊藤先生と机を並べた同級生ということで、恫喝して施工をやらせたという話です(笑)。ここは15階建ての免震マンションで、地下に61台の駐車場が入っています。71戸に61台というのは多すぎて、建設費はそれで大幅に上がりましたが、もともと駐車場の所有権をもっていた地権者が駐車場を確保できないなら絶対ダメと言ったのでつくりました。ただ、駐車場の運営コストが出るのかどうかということが今後の最大の問題になっています。このような立派なマンションになりましたが、逆にいうと、ここは運がいいわけで、普通のマンションだったら大変なことになっていました。

fig.3-05

そういうわけで老朽化マンションの問題は第2の木造密集問題になる可能性もありますし、今後建替えが必要となるマンションで容積率に余裕がない場合、江戸川アパートメント型、つまり還元率が低く、負担なく所有できる面積が半分以下になってしまうマンションが増えると考えられます。こういったケースでは、できるだけ事業の責任をとってくれるディベロッパーがほしいということになりますが、そういうディベロッパーはやはりインセンティブがないと事業に参画しません。なぜかというと、ディベロッパーにとってみれば更地を買って建てた方が楽に決まっているからです。何十人もの地権者の相手をしてそのひとり一人の合意を取りつけていくのはどう考えても割に合わないのです。そう考えると、そういうことを支援する制度が必要だろうと思います。一方で、円滑化法は自主建替えを想定していて、再開発の仕組みをそのまま取り入れていますが、もともと再開発のような事業規模はないし、開発利益もないものです。また、容積率はすでにいっぱいに使ってしまっている。それでも、一人ひとりのニーズを聞いてつくっていかなくてはいけないので、再開発というよりはコーポラティブに似ています。しかも法律的な問題などがあって財政的に組合はすごく大変です。ですから円滑化法でマンション建替えができるというのは、一部のコンサルタントがふりまいている幻想だと思います[fig.3-06]

fig.3-06

それに円滑化法の利用は本質的な問題解決にはなりません。なぜかというと、円滑化法は建替え決議の後の話ですが、一番大事なのは、区分所有者間の合意形成と非賛成者に対する対応であり、それから関係権利者である抵当権者とか借家人、そういう方々に対する説得だからです。また、その事業をどうやって担保するかということと、建替え決議の時に「こういう条件で建替わります」と誰かが約束しないと建替えできないという問題があります。さらに、区分所有者間の公平性の問題もあります。そういうことをきちんとやることが大事なのであって、これは相当大変な問題です。そうなると現実的には、建替え合意が取れないマンションがほとんどになると思いますが、それでも建物は何とかもたせていかなければいけない。ところが従来型の維持修繕は、とにかくお金を集めて使える状態に保とうというもので、これでは魅力がない。もっと魅力的な大規模修繕を考える必要があるのではないかと思います。
一方では新規に耐久性の高い社会ストックたりうるマンションを供給する必要があるのではないかという気がします。これは私の個人的な意見ですが、所有権型よりも定期借地権型のマンションの方が将来的な建替えは楽で合理的です。建替え決議や全員合意などごちゃごちゃやるよりは、最後に全部地主さんの元に権利が集約される方がはるかに合理的だからです。その時、地主に建替える力がなければそこで手放せばいいわけです。
しかし一方で、同潤会に見られるように保存すべき歴史的建物を法的にも経済的にも保存しうる社会的な仕組みを考える必要があるのではないかと思います。都市再生というと六本木ヒルズみたいな話になってしまいますが、そうではなくて、これからは規模の小さな老朽化マンションや老朽化ビルの建替え・修復・再生をきめ細かく進める社会的な仕組みが必要ではないかと思います。そのためには、建築や再開発の専門家、事業コーディネーター等に期待されるものが大きいのですが、同時にディベロッパー的な力も不可欠だと思います。そうしたことから、マンション建替えは再開発以上に難しいと思いました。事業コーディネーターには、法律、金融、鑑定評価等に関する実務知識が必要で、一つひとつに難しい問題があるので大変だと思います。
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