プロローグセッション
●マーケットをつくり出すビジネスへ
私の学科では、4つ課題があるとすると、今そのうちの2つはリノベーションになっていますが、それは新築を設計せよといっても学生がのらないからです。例えば、美術館を設計しろといっても「先生、もうこれ建たないでしょ」と言われて、「お前そんなに冷めていていいのかよ」と思うわけです。ビルを設計しろなんて言っても「これは建たないですよ」というくらい冷めている奴がたくさん出てきている。そこで試しに新築でない課題を出してみると、例えばル・コルビュジエの住宅を増改築してみろというと、これはむちゃくちゃのるんです。なぜのるかというと、単純なことに気がついたのですが、それは問題が難しいからなんです。彼らは問題をつくるのには慣れていないけれど、問題を解くのには慣れているんです。そういう人たちは、問題が高度になればなるほど解きたがる。だから彼らの頭は、新築よりリノベーションに向いている構造になっていると思う。新築を怪しいと思い、完全に白々としている、そういう人たちがこれから建設産業の中枢に入っていきます。そういう学生であることを前提にして何かを考えていく時は、皆さんのようなビジネスの最前線に立たれている方が心しなければならないことと結構似ているのではないかと思うことがあります。学生は無知ですが、勘だけはいいです。例えば「この地域のオフィスビルを他のものに転用し、その機能も自分で考えよ」という課題を出すと、まだ初歩的なものしか出てきていないですが、学生は異様に情熱を燃やしますね。それは非常に不思議だと思うのと同時に、そういう課題が本格的に時代の中枢に収まり始めていると感じることがあります。ですから、更地に新しいものを建てるよりも、今すでにあるものを使ってその上に何かを再構成していく問題のほうが複雑で面白いと感じる世代が出てきているということです。
それは消費者のほうにも当然出てきていて、消費者側でもちょっと知っている人は、リノベーションとかコンバージョンなんて言いますし、リノベーションの4つの原則なんて僕が逆に教わっちゃうぐらいです(笑)。それが一般常識になり始めているというか、知的好奇心の対象になり始めているということですから、メーカーは、複合的にそういうものをターゲットにしていかないと時代に遅れるし、立ちいかなくなる気がします。
先ほど、私の学生時代は東洋陶器の型紙で便所のことを勉強したと言いましたが、リノベーションのマニュアルというか、基礎的な教育を含めたオペレーションからビジネスとして、それから産業として考えるようなスタイルに持っていくといいのではないかと思います。例えば、文化センターではなくリノベーション教室とか、少しプロフェッショナルな教室をオーガナイズしたら、おそらく物品を流すリノベーションよりすごいマーケットになると思います。増改築とかインテリアは、みんな勉強したがっています。だからそういうところと連動させるビジネスが射程に入ってこないと、ものだけ売っているビジネスにもう先はないだろうと思います。ヤマハがピアノを売るのには、ピアノを習わせるのが一番だ、ということで昔ヤマハ音楽教室がつくられました。そういうのをリノベーションに置き換えていうと、偉そうに教育というのではなくて、やはりカルチャーとして、時代の趨勢として教えていって、マーケットを創っていくビジネスを考えないといけないと思います。

●時代の軸になるリノベーション
今ドイツのビジネスが堅調なんですけれども、それは東ドイツというマーケットがあったからです。ゼネコンの人から聞いたんですが、東ドイツには古いアパートがいっぱいあって、これはリノベーションのマーケットとしては大きいということです。アメリカ型のものにはもうモデルはないと思いますが、今、リノベーションを考えるならロシアを考えるべきで、中国と同じようにものすごい高度成長をしていますが、しかし中国とは違うスタイルですから、リノベーションを軸にしたビジネスモデルをそこに見出すことができるのではないかと考えています。
僕はもう年がいっていますが、もし今自分が20代だったら、マーケットをやると思います。設計より面白いし、儲かりそうです。難波和彦さんが隣にいるので言わないけれど(笑)、設計というビジネスは、だんだん流通デザインのようなところにいくだろうし、設計自体もサービス業として変化していかなければならないと思います。というようなことを考えていくと、僕はリノベーションという再生産業は、確実に時代の軸になるだろうと思います。[了]
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