プロローグレクチャー
●さまざまな事業戦略
司会――今日は建築家の新堀学さんが会場にいらっしゃっていますので、自己紹介もかねて、質問またはご意見をお願いいたします。

新堀――本業は建築家なのですが、地域再創生プログラムというNPOの運営もやっていて、またそちらの立場から松村先生のコンバージョン研究会にも参加させていただいています。都市や建築に関わるプレイヤーの姿ということに関して姜さんがさんのこういう立ち位置というか、ファンドと建築を組み合わせれば一つの仕事ができると考えられたきっかけや、そこに至るまでの経緯を教えていただければと思います。

――そういう人たちと出会った、というのが単純な本音の答えですね。私自身は実際は不動産の専門家でもないですし、建築のこともまったくわかってないですし、証券会社出身でもないんです。ただ、自分自身がどういう立場の人間かというと、基本的にはストラテジー(strategy)のプロです。マネジメントのプロというよりは事業戦略のプロなんです。そこから見た時に、一つひとつはこうだけれども、何人かの人間がいて、いろいろな要素を付け加えていけば、こんな花が咲くのではないか、というのが見えてきて、そこにストラテジーがあったという感じです。

新堀――短期的な見方ではなく、長いスパンで考えておられるということですが、最初からストラテジーがあって長い目で見て動かしているのでしょうか、それとも、やってみたら面白かったからそこに居座るということなのでしょうか。NPOを始めた僕自身の話をさせていただくと、街や建築を面白がる人がいて、そういう人たちと活動すると面白いというのが一つはあります。そういう人たち(=プレイヤー)が増えてきているという感じが実際に感じられつつあります。にあって、いろいろなことを始めるとそれに反応してくれている人たちが出てきます。例えば、下田の方にわざわざ出かけていって向こうで一緒にまちづくりをして、その中で次の活動を考えていくということをしています。繰り返しになるようですが、姜さんご自身の動機としては面白いからこのようなことをやるのでしょうすか、それともそこにやるべきことがあるからやるのでしょうか。

――私にとってのストラテジーは、競争環境や市場のメカニズムに対する洞察があって初めて成り立つものです。それはやはり半年や1年という短期の局面では変わらないですから、この会社を始めて実質2年半ですが、この間にそれが本当に揺らいだことはありません。ただ、腹を括ってその事業をやろうとしてもお金の力は巨大ですから、お金の力ですべてがなぎ倒されることもあるわけです。そういう時には、面白くても残りの事業のためにやめなければいけないのではないかと思ったことはあります。私にとって何が面白いのかと言うと、一緒に働いている人たちが苦しんだり面白がったりして、私の予想もしない動きをするのが一番面白いです。

難波――コンバージョンにおけるお金の話が出ましたが、これだけお金をかけた場合、10年、20年と継続的に借り主がうまく見つけられるのかというところが結局は問題になるのではないかと思います。それに対してある確信というか自信をお持ちでやっているのではないかと思いますが、デザインとお金との関係をどう判断しているのでしょうか。もちろん専門家のチームがいるのはわかるのですが、その擦り合わせを皆さん一番確信を持ってやりたいのだけれども、実はできなくて追いつかないということになりがちですから。

――デザインの価値については、われわれが今どう思っているかというと、最初に入る時の賃料を周辺相場より高く取ることではなくて、その物件を10年後も20年後も残すことだと思っています。ですから、床を抜いたりした分、賃料設定を高くするかというと、それはしません。あくまでも長く残すためだと思っています。そういうことでいうと、ポイントは周辺並みになるかどうかということです。今はいろいろなデータ等がそろっていて、それを元にある程度合理的に判断できると思います。それをどうやって立ち上げるかというと、最悪の場合、失敗したら自分で全部引き取れるという規模から積み上げてきたというのがこれまでの正直なところです。例えば、海洋ホテルのプロジェクトで言うと、やろうと思えば多分、リプラスのエクイティで最終的には引き取れるんです。そういう規模で設定しています。これより大きな規模はわれわれ単独では無理なので、他を巻き込むかどうかを社長としては判断していきます。

難波――デザイン的なものや思考が受け入れられているかどうかは、ある程度経験的な勘というか自分たちの考えが価値のあるものという確信のもとにやっているということですね。

――立ち上げの時は、こういうのがやりたいということでやっていただけで、あまりわかっていませんでしたから、まあよくやったと思います。今はどうなのかと言うと、デザインのテイストは、われわれがやりたいと思っているテイストでやっています。ただ、でき上がったものの賃料設定は、昔は単純に坪単価だけで計算していましたが、住宅はそれだけでないメカニズムが働いているというのもわかってきて、以前より上手に設定できる前提条件が増えてきていますが、ベースはいわゆる市場分析をせずにやっているという感じです。それがなぜできるかというと、住宅の空間に対してはまだほとんどユーザーが投影されていないんです。それが化粧品等との違いで、この先いくつもセグメントされていくかなという状況なので、まだそこまでマーケットの調査をしなくても、自分たちが信じているのでやっていけると思います。


▲姜裕文
会場――二つの質問があります。入札で物件を取得すると利回りが出ないのであまりやっていないということでしたが、どのくらいの率で入札物件と単独取得をされているのかというのが一つ。もう一つは、リプラスのポジショニングについて説明がありましたが、初めは別のところにいてどんどん移っていったのか、それともあのポジションが空いているとわかっていてずばっと行ったのか、どちらなんでしょうか。

――今のところ、入札に参加した案件はゼロです。それはなぜかというと、ベースの発想として、リプラスみたいな立ち上げ時期でしかも小さな会社が他社と同じことをやっても勝てるわけがないからです。なのでそれはやりませんでした。今後は入札でやるものがいくつか出ると思いますが、それはどういうかたちになるかというと、他社ならつぶして新築にするとか、収益物件としてそのまま取得という評価をしそうなものに対して、われわれはこれを再生できるという違う評価をする場合に、立場が違うわけですから入札に参加すると思います。
二つ目のポジショニングの話に関しては、最初からあそこでしたという感じです。事業を一定のスピード以上で一定の規模以上にやろうと思ったら、そういうものだと思います。そのストラテジーを立てた人が市場や競争メカニズムを読めているかいないかのレベルの差で、勝つか負けるかは決まってくると思うのですが、基本的には、自然体でそうなって大きくなっていくというのは信じてい ません。

司会――山本理顕さんがあるセミナーの場で、今後はある種族(トライブ)というかおたくのようなマニアなど、特定のターゲットに対して商品を提供していく時代になるのではないかとおっしゃっていました。世の中はまだ新築の時代でリノベーションはかなりマニアックだと思うのですが、姜さんがやろうとしているのはそういうかなりマニアな方を対象としていると思うのです。それについてはどう思っていらっしゃるのでしょうか。

――多分元麻布の物件、c-MA3に住んでいる方は、あそこを新築物件だと思って住んでいらっしゃる方もいます。われわれはリノベーション物件というカテゴリーはそんなに信じていなくて、リノベーションした時の空間のつくり方を新しい魅力のあるものにするという話だと思っているんです。完全には戻らないですが、あくまで建物自体は新築同等に戻すという前提でやっています。
そのうえでマニアという話で言うと、都心部の住宅にはいくつかのマニアがあると思うんです。マニアという時にユーザー側の自由度と供給者側の自由度の線をどこに引くかは難しいのですが、それはいくつか出てくると思います。分譲住宅は違うのですが、賃貸住宅とは何かと言うと、お金の払い方で見ると金額の張る耐久消費財の一つなんです。アメリカでは、定額の消費財から始まりましたが、日本でも東京や大阪で成り立つセグメントは、ニューラグジュアリー・グッズという売り方です。都心部のアッパーミドルで追加のお金をちょっと払う人たち、つまり分譲ではなく賃貸に住むというのは、本当は追加のお金をちょっと払っているということで、そういう人たちを対象にやろうというセグメントがあります。そういうセグメントはいくつか生まれてきていて、そこにはある程度のトレーニングはされているけれども、自分で何かをつくり出すほどのセンスは持っていないという人たちがいて、住空間もそういうつくり方ができると思っています。

難波――姜さんは1971年生まれですが、僕がちょうど大学院を卒業した年なのでちょっとショックですね。今は、いろいろなライフスタイルや家族形態の人が増えてきていて、一つの標準的な住まい方を設定できない時代になってきていますから、趣味の問題をライフスタイルの問題として語ることができるんじゃないかと思います。ついでに言うと、第3回のリノベーション・フォーラムで話していただいた青木茂さんの建築についても言えますが、デザイナーとしては古い部分と新しい部分が共生しているような時間のデザインみたいなものがあって、そういうものに対して価値を感じるような種族が出てくるような気がするんです。それも付加価値になるといいなという希望があります。

田村――第7回のリノベーション・フォーラムで話したことですが、求道学舎というプロジェクトは分譲だったものですから、かけた金額を短期に回収しなければならなくて、かなりドキドキしながら入居者を募集しました。大正15年の建物を耐震改修して、そこに住みたいという人を10人集めるということでしたが、その募集を通して普通のコーポラティブとはまったく違う経験をしました。はじめは本郷でこれくらいの額ならリーズナブルかなという値ごろ感みたいなもので集まってきた人たちがいたのですが、そういう人たちに説明会をやると、例えば「駐車場はないんですか」とか「バルコニーがなくて洗濯ものが干せないんですね」とか「木がこんなに茂っていたら日当たりが悪いから、木は切れますか」という質問をしてくる。そういう人たちに一生懸命説明しても、やはり申し込みまではいかないんです。ところが途中から建物を見て住みたいという人がぽつぽつと来て、そういう人たちは全然そうではないんですよね。この建物は実は新築よりもコストがかかっているんですが、定期借地で多少安くなっているとはいえ、要するに新築が買えるくらいの値段で、自分の価値観でここに住みたいというのと同時にこの建物を残したいという気持ちで、結果的に10家族集まったというのは、自分で募集しておきながら、ある意味では信じられない気持ちでした。今だから言える話ですが、どうしても駄目だったら、最後は姜さんのところに相談に行こうと考えていたのですが(笑)、なんとか10家族集まりました。面白いプロジェクトでしたが、これを通して従来の不動産のマーケットのようなものの見方では測れないようなニーズが、入居者にはユーザーサイドから出てきているのではないのか、という気がすごくしています。姜さんの世代というか、非常に若い方がたくさん集まったのですが、そういう古いものに対する見方は姜さん自身と周りの同年代の方々はどのようなのでしょうか。古いものを残していくということには興味があるのでしょうか。

――興味はあるんですが、日本で残したいと思うものに出会ったことがほとんどないというのが正直なところですね。私は神戸出身なのですが、神戸の旧居留地の建物なんかは、いくつかは残っていますが、ちゃんといいかたちで残せたらいいなと思いますね。[2005.6.23 INAXにて開催]
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