プロローグレクチャー
●都市再生を促す制度とは――ポイントは税制
原田――質問をいただいていないのにお話ししてしまうのは、ある意味越権行為ですし、制度論や文化論になると、アメリカはアメリカで日本は日本じゃないかということで、ただそれだけの話ということになるのですが、やはり違いを知っておくといいだろうし必要とも思いますので、お話しさせていただきます。
私はアメリカで留学生活を送ったので、一市民という立場である程度自治体の仕組みがわかったのですが、もちろんある程度学術的に調べてみたこともあります。それでわかったのは、アメリカの自治体の制度を歳入構造から見ると、市の歳入の半分以上が固定資産税で、それから消費税も自治体税なので、3割は消費税が占めています。日本はすべて国に入ってしまうのですが、アメリカはすべて市税です。ですから、街が活性化して、そこで商売が繁盛すると、その売上税はすべて市役所に入るわけです。つまり街を安全に美しくして人が来れば、商売が成り立って売上税が入り、それが市に還元されて固定資産価値も高くなるわけです。それで市の経営という観点からコンバージョンはものすごく重要な位置づけをされているわけです。日本では国からの補助金が相当ありますが、アメリカの場合は連邦政府からの補助金はほとんどありません。つまり、必要なものは固定資産税と消費税で100%まかない、警察や消防も全部市がやっていて、交通違反の罰金も風俗営業の許認可料も市に入りますから、すべて自前で稼ぐわけです。そうなると、コンバージョンをやることによって、犯罪が少なくなり、雇用も増えて消費活動が増えると、税収が上がることになって直接、市を潤すわけです。例えば仮に、港区でコンバージョンをやったとすると、一般的には街のにぎわいと活性化が生まれるにしても、経済効果はどうかというと、固定資産税は東京都にいってしまい、消費税は国にいってしまいますから、直接港区に跳ね返ってくることはあまりないんです。これは問題点というかポイントです。アメリカで自治体が必死になってコンバージョンをやるのは、そこが大きなインセンティブ(動機づけ、誘因)になっているからです。
それからもうひとつ、アメリカの自治体の会計制度では、赤字会計は許されないんです。とにかく黒字にしなければならないので、例えば来年の6月の決算で赤字になりそうだという見込みが出てくると、市の消費税を0.5パーセント上げてしまうとか、固定資産税を1%あげてしまうとか、そういうことをやって黒字にしていくわけです。もちろん、黒字になったら今度は税金を下げましょうということで、ものすごくドラスティックに税金が上がったり下がったりします。アメリカの自治体がコンバージョンを大きな柱としてやっていこうとしているのは、そうしたドラスティックに変わっていく自治体の仕組みが背後にあるからだとも思います。

難波――今日の最大の学習点は税制の問題ですね。これを念頭に置いて、もう一度論点を確認させていただきたいのですが、コンバージョンにインセンティブを与えるための補助金制度が区や市のレベルでありうるかどうかについてはいかがでしょうか。

原田――補助金は比較的簡単にできると思います。区全体の予算からすれば、設計料の補助金なんてたいしたお金ではないし、また共用部分の補助金もそんなにたいした金額ではないはずですから、区長あたりが決断すればできると思いますし、港区の財力だったら充分できる範囲だと思います。 また都心居住のお話が出たので触れさせていただくと、港区の都心居住政策は、ある意味では私がずっとつくりあげてきたといっても過言ではない部分もありますので、ちょっと何点か申し上げます。いろいろ背景はありますが、サステイナブルという環境の面から、例えば人の移動が短くなれば環境の面で優しい。昼夜間人口のバランスがとれれば電力のバランスとかで環境に優しい。子育てとか福祉にも都心居住は重要で、特に男女が平等に外で働く時代にあっては20〜30分で家に帰れるというのは、子育てや福祉にとってもプラスに働くわけです。保育園に子供を迎えにいくのも都心居住ならすぐですし、男性もすぐに家に帰れて家事ができるというように、男女が平等に役割を果たすこれからの時代においては都心居住をさらに進めるべきだと思います。

●求められる建築家像
太田――もうひとつお聞きしたいのですが、サウスブロンクスの例のように、コンバージョンはハードの側面だけでなく、ソフトの側面においても社会を変えるきっかけになると思います。今日は子育て支援という話がありましたし、NPOの役割、資産の持ち方、ライフスタイルの変化といった現代的な課題が、コンバージョンの動きのなかに見事に反映されていることのが示唆的でした。ですので、今度は前区長としてではなく、建築家としての原田さんにお聞きしたいと思います。年間10万人も生まれていく建築科の学生が今後、コンバージョンを中心的な仕事として手がけることになっていったとき、地域をどう再生していくのか、という課題はますます強く意識されていくように思われます。御自身の経験から、建築家は今後コンバージョンにどう対応するべきか、ということをお聞かせください。

原田――サウスブロンクスの例で見ていただいたように、アメリカでは大学の建築学科を出た白人のエリートがああいう事業に携わっています。日本だと、東大や早稲田を出た人は、大手ゼネコンの設計部や大手設計事務所に入ろうとする傾向があります。大きなコンバージョンは大手が対応できますが、これからはこういう小規模のコンバージョンが増えて、それは大手にはなかなかできなくて小さな事務所が一生懸命やることになると思います。そういうときに建築学科を出た人がある種のNPOとか小さな団体に就職して、大手の設計事務所のような従来型の発想ではなく、自ら汗を流し、自分も建築道具を持ってクライアントと話をしたり、行政と議論して補助金をぶん取ってきたりしていただきたいです。サウスブロンクスもニューヨークの有名企業がたくさん補助金を出してあれだけのプロジェクトが動いているわけですから、そういう金集めから設計、工事、そして街の将来のヴィジョンを描いていくことができる、そういう建築家がこれからは現われてこないといけないだろうと思います。そういった意味で、逆に先生方に「そういう新しいタイプの建築家を育てたらいかがですか」と問いかけたい気持ちで見ています。サウスブロンクスでは、ああいうエリートの人が街に入り込んで公社の社員としてやっているわけで、彼がどの程度の給料をもらっているか知りませんが、そんなにはもらっていないと思います。だけど生き甲斐を感じてああいう危ない地域に入りこんでやっているわけです。
また、高校を中退したような子供たちを集めて建築職人の下働きができる程度に職業訓練をして、内装業につかせて地元の活性化を図ったサウスブロンクスは、非常に成功しているそうです。東京にはこういうスラムは存在しませんが、これからコンバージョンはますます必要になってくるだろうと私は確信しておりますし、コンバージョンを支えるような建築家を中心としたNPOができてもいいんじゃないかという気がしています。
[2005.9.5 INAXにて開催]      
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