Renovation Report 2005.8.22
「北京・798」レポート
河内一泰(建築家/河内建築設計事務所代表 /RE[ ]/Responsive Environment)

イントロダクション
Introduction
2005年4月30日から5月22日まで中国・北京の大山子地区にて北京大山子国際芸術祭(Dashanzi International Art Festival)が行なわれ、そのなかで「Techno-Orientalism 東方主義電子藝術」と題して、日本と中国の若手メディア・アーティストのグループ展が開催された。
会場となった「798」大山子芸術区は、近代的な国営工場が建ち並ぶ地区で、近年の需要の変化から軍事工場としての役目を終え、その巨大な空スペースをギャラリーやアトリエとしてリノベーションし、芸術地区として再生している場所である。中国だけでなく日本や欧米のアーティストやギャラリーが参加し、現在中国のなかでもっとも前衛的な場所になってる。
私はRE[ ]/Responsive Environmentとしてこの芸術祭に出展するため、設営とオープニングをかねて大山子地区に1週間ほど滞在した。ここでは「798」のリノベーションの事例についてレポートするとともに、展覧会の報告をしたいと思う。

リノベーションの事例
Case Study
北京大山子芸術区「798」とは?

改装中のギャラリー
1950年代以降、旧ソ連、旧東ドイツへ向けた軍事機器や半導体の生産拠点であった国営工場が建ちならぶこの地区は、北京中心部から北東へ車で30分程度の場所に位置している。近年の需要の変化から、工場の多くは、閉鎖され空きスペースとなっていた。2002年頃からギャラリーやアトリエとして再利用されはじめ、工場番号798であったことから現在では「798」と呼ばれる巨大な芸術地区へと生まれ変わっている。現在も日本や欧米の著名なギャラリーが次々と参入し、いたるところで改修工事が行なわれ、アジア芸術発信の中心拠点として、世界的に認知されるスポットとなっている。

この地区の建物はおもに、コンクリートとレンガで造られており、9メートルの天井高をもつヴォールト屋根が連続する。天井には毛沢東のスローガンが、工場が稼動していた当時のまま残っており、日本では見ることのできない巨大なギャラリーや、ロフトを増築したカフェや店鋪など、さまざまなリノベーションの事例が見られる。
工場断面図【拡大
左:798に訪れると、上部にダクトが走る並木路が目に入る
右:路地を入ったさきは、大小さまざまなギャラリーが軒を連ね、
オープニングイヴェントがあった日には、集まった人々で賑わっていた
銀座の東京画廊が運営する「北京東京藝術工程BTAP」前のオープンスペースでは、芸術祭の期間にパフォーマンスや子供のためのワークショップなどさまざまなイヴェントが行なわれていた
建物外観までリノベーションした設計事務所。
その前にはアクリルケースに入った模型が展示されていた
最近オープンしたイタリアのギャラリー。
既存の建物をそのままに残す部分と新しく手を加えた部分のバランスが潔い混じり方をしている。ちょうどこの日はダニエル・ビュレンヌなど巨大な現代アートを集めた展示が行なわれていた
798のなかでもっとも大きなスペースをもつギャラリー。
カフェを併設し、展示やパフォーマンスなどさまざまなイヴェントが行なわれる。ギャラリーのエントランスとなる通路にはガラスケースが設置され、告知や展示のスペースになっている
「空白空間 white space」という名のギャラリー。建物内に展示室を入れ子に配置し全体を白く塗っている。
床を3階部分まで増築したカフェ 既存建物の壁をガラスにしたギャラリー。スペースも小さく工事中であったが、ガラス以外はほとんど既存のまま残されている

展覧会
Exhibition

北京大山子国際芸術祭 DIAF2005

昨年度の北京大山子国際芸術祭は、絵画、映像、建築、パフォーマンスなど合計30以上のイヴェントが開催され、100人以上のアーティストが11カ国から集まり、80,000人以上の集客があった。そのなかのイヴェントのひとつとして、銀座の東京画廊がもつギャラリー「北京東京藝術工程BTAP」において昨年、「Modern Style in East Asia 2004」と題し、ライフスタイルをテーマに、みかんぐみなど日本で活躍する作家や、艾未未など中国で活躍する作家ら計15名が参加して、建築・芸術・デザインを横断するグループ展を開催した。
今年は日中の若手6組のメディアアーティストを集めた展覧会「東方主義電子藝術 Techno-Orientalism展」が開催され、日本からRE[ ]/Responsive EnvironmentやFlowなどが参加した。
「北京大山子国際芸術祭 DIAF2005」会場風景
図面を描きながら建材を調達
設営/Setting

建材大世界
北京に行って驚いたことのひとつは、人件費の安さと対応の早さである。われわれは現地に着いてから展示作品の一部を製作すべく、地元の日本人留学生に案内してもらい「建材大世界」と呼ばれる各種材料や加工の店が軒を連ねる町へ足を運んだ。広い場内はサッシ、金物など建材の種類ごとに区画されている。過剰な看板やわかりやすいディスプレイはなく、店ごとの違いが見えにくい。われわれは適当にあたりをつけて店に入り、店員と使える材料と技術を相談しながら、その場で図面を描いていった。次の日の昼には完成したパーツが配達されてきた。価格は日本の五分の一程度で対応も早かった。

三日間にわたる設営作業はギャラリースタッフのみなさんとボランティアの学生のおかげで無事完了し、オープニングを迎えることとなった。以下は展示の風景である。
RE[ ]展示風景
□RE[ ] /Responsive Environment
展示は、メディアアートと都市・建築デザインやランドスケープデザインが融合したダイナミックな環境「Soft Architecture」を想定したインスタレーション作品の3つのモックアップ。
RE[ ]/Responsive Environment (日本)
建築、音楽、ダンス、映像、デザインというさまざまな領域をクロスオーバーするコラボレーションにより空間表現を行なうユニット。1993年の結成以来、さまざまなパフォーマンスやインスタレーション作品の制作とプロジェクトの発表を国内、海外で多数行なっている。
メンバー:日高仁、山代悟、亀井寛之、西澤高男、河内一泰
Garando
日本中世の仏教美術をはじめとする建築や風景を題材としたビデオインスタレーション作品。箱形のメッシュ素材のスクリーンによって立体的に浮かび上がる映像、そして空間を切断するオリジナルの照明装置などによって、立体的な映像空間をつくり出す
TG
TG(The Tower of Gravity)はわれわれが新しいタイプの建築として構想したAudio Visual Installation=環境構造物。人類の繰り返してきた建設と破壊の歴史をモティーフとした立体的な映像が、2枚の塔状のスクリーンに投影される。その重力に屹立した曖昧な存在感と共にダイナミックに立ち上がる
SCANNED AIR
オリジナルの照明装置によるインスタレーション。ゆっくりと移動する光のラインは、空間の輪郭をなぞりながら変化していく。私たちが普段視覚的に体験している空間を光によって部分的に取り出す事で、触覚に近い感覚として空間を再認識する事ができる。この作品はゴシック様式の教会などの歴史的建造物の内部空間に置かれる事を想定して制作されている
Flow展示風景
□Flow
北京2カ所と日本1カ所に各々の音階(ド・ミ・ソ)を持つ風鈴を吊り下げ、3カ所の音をインターネットに生中継し、ネット上でミックスする事によって仮想の和音(ハーモニー)を作るプロジェクトを発表した。
Flow (日本)
社会状況にフローし、ソーシャルデザインするメディアアート・ユニット。公共空間を用いて社会状況に対して問題提起するプロジェクトを行なう一方、美術館や科学館などからの作品の依頼も多く、サイエンスをテーマとした作品やサイトスペシフィックな作品を発表している。
メンバー:田中陽明、瀬籐康嗣、山岸清之進
URL:http://www.floweb.org/

振り返って
Feeling
今回、「798」を見てなにが面白かったのかという事を考えてみる。国営の軍事工場というスケールと明解な機能をもった建物群、それが不特定多数のアーティストやギャラリストに解放された時点で生まれた「ズレ」が面白さの要因だったのではないかと思う。今回の「798」においては、最高天井高さ9メートルの平屋という非日常的な空間のもつ「スケールのズレ」や、変化し続けるソフトに対して規則的に連続する屋根や柱といった「プランニングのズレ」がかなり大きかったように感じられた。
こういった「ズレ」はリノベーションの事例には潜在的にあるもので、そのズレの残り方によって面白さが決まるのではないだろうか? 今回の「798」のケースでは最初に大きなズレが設定されていて、それをどう扱うかがリノベーションデザインの要点であった。すべてを塗りつぶしてコントロールするよりも、古いものと新しいもののズレを許容しながら最後まで残しているものの方が面白い事例となりうると感じられた。
日本での事例に引き寄せて考えてみると、最初の設定が肝心だという事はもちろんのこと、「オフィスから住居へ」といった同スケールのコンバージョンにおいてどのようなズレを見い出し、残していくかということが興味深い課題であると感じられた。

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