Renovation Report 2006.3.20

『リノベーションの現場──
協働で広げるアイデアとプロジェクト戦略』出版記念会
リノベーション・スタディーズ第2期の活動をまとめた『リノベーションの現場──協働で広げるアイデアとプロジェクト戦略』が2005年12月に彰国社より刊行し、その出版記念会が、2006年1月7日東京・月島タマダギャラリーにて行なわれた。異なる立場からこの活動に関係する3者が、リノベーションを取り巻く状況について語った。
リノベーション・スタディーズがのこしたもの──難波和彦
運動体としてのリノベーション──五十嵐太郎
触媒としての「リノベーション・スタディーズ」──新堀学

リノベーション・スタディーズがのこしたもの──難波和彦
2003年の
リノベーションをめぐる状況
難波和彦──ちょうどいま大学は卒業設計のシーズンで、今日もずっと卒業設計のエスキースをやっていました。僕は5年前に大阪市立大学ではじめて常勤の先生になって、2年前に東京大学の先生になりました。当初から設計製図の課題には、必ずリノベーションをテーマに出題するようにしています。すでに何らかの建築が建っている所に建てるという課題です。
東大の学生は他の大学に比べるととりわけ生意気な連中なので、最初はなかなかついてきませんでした。いきなりリノベーションの課題を出したら、つるし上げをくったことがあります。「なんでこんな課題をやらなければならないんだ。もっと自由にやらせろ」というすごい抵抗を受けました。今ではごく当たりの課題になっていますが。

同じころに『リノベーション・スタディーズ』(五十嵐太郎+リノベーション・スタディーズ=編、INAX出版、2003)
が出版され、同僚の松村秀一さんや建築家の青木茂さん、古谷誠章さんなどが出ていて楽しく読みました。その感想をブログ日記に書いたら、それを読んだ「建築文化」編集部から連絡があり、2003年8月号に「リノベーションは『注視』から出発するという書評を書きました。
五十嵐太郎さんは、その本の中で「1990年代の後半からリノベーションは急速に注目されはじめた。それまでは建築家による開発か、歴史家による保存かという二項対立がしばしば語られたことを思えば、リノベーションはまさに両者を媒介する第三の手法といえよう」と書かれています。僕もまさにそうだなと思った記憶があります。
20世紀のはじめにパリのパサージュに関連した文献をずっと集め続けたヴァルター・ベンヤミンという評論家がいます。彼は都市を微細に読み込んだ人で、彼の『パサージュ論』は優れた歴史書だと思います。
一方、ほぼ同時期に近代建築の巨匠であるル・コルビュジエが「中世の道はロバの道であり、そんなものは取っ払ってカルテジアン(デカルト)座標で都市を作る」と主張し『輝く都市』を提案しました。同時代にベンヤミンとコルビュジエという対照的な2人がいたわけですが、どちらも僕は非常に気になる存在だった。
五十嵐さんの保存と開発に関する記述を読んだ時に、すぐ脳裏に浮かんだのがベンヤミンとコルビュジエはどうつながるのかという問題でした。これがおそらくリノベーションの最大の問題であり、僕にとってもっとも重要なテーマのような気がしました。
『リノベーション・スタディーズ』の書評「リノベーションは『注視』から出発する」は、『複製技術時代の芸術』の中でベンヤミンが「映画の観客は散漫な目で享受し、絵画の観客は注視する」といっていること念頭に置いて書きました。ベンヤミンは建築も散漫に享受されるメディアだと言っていますが、リノベーションは逆に、すでに存在する建築を注視し、その中に潜む可能性を探り出すところからスタートするのではないか。つまりリノベーションは僕たち建築家を含めて、生活する人たちの視点の転換を意味するのではないかという趣旨です。

その後、2000年から2003年まで松村秀一さんが中心になって進めた「コンバージョン研究会」に参画し、『コンバージョンが都市を再生する、地域を変える』(建物のコンバージョンによる都市空間有効活用技術研究会、日刊建設通信新聞社、2004)のなかでベンヤミンとコルビュジエの都市に対する視線を比較しながら、コンバージョンの社会的・歴史的背景について考察した「歴史と都市計画の統合
という原稿を書きました。
難波和彦氏
『リノベーションの現場──協働で広げるアイデアとプロジェクト戦略』
(五十嵐太郎+リノベーションスタディーズ=編、彰国社、2005)
プラクティカルな
リノベーション報告集
最近は卒業設計でもそういう視点が浸透して、学生たちもリノベーション的なスタンスをとるようになりました。『リノベーション・スタディーズ』の視点は、かなり共有されてきたような気がします。
でも、今回出版された『リノベーションの現場』を読んで、少し違うかなという印象を持ちました。おそらくこの本が比較的プラクティカルなリノベーション事例の報告集だからだと思うのですが、読んでいて2つ考えたことがあります。
ひとつは、最終的にハードなモノができることをあまり重要視していないように感じました。どちらかというとプロセスやアクティビティの方が重要で、都市の中の、その場所で生まれる人間関係やコミュニティといったソフトな側面に目が向いているのではないか。彦坂尚嘉さんの「皇居美術館空想」のように視点の大転換を提案している話が最後にあるけれども、総じてイベントやアクティビティがメインになっている。モノを通してソフトにはたらきかけることを仕事にする建築家としては、ちょっと物足りないというか疑問をもちました。
リノベーションに取り組む建築家がめざす最終的な目標は、今までになかった時間という条件をデザインに取り入れることによって、今までとは異なる新しい建築をつくることです。そういう立場から見ると、モノよりもプロセスの方向に向かうのは果たしてどうなのかと考えたわけです。
新堀学さんは、あとがきに「終わりのないリノベーション/開放系の計画論へ」という文章を書いていますが、ちょっと「逃げてるな」と感じました。もちろんプロセスは重要だし、その点は前書の「視点の転換」ともオーバーラップします。しかし最終的にモノに向かわないのは、建築家としてちょっとヤバイんじゃないか。
もうひとつの感想は、都市に向かっていることは確かだけれども、それぞれのリノベーションがアートのようなプライベートな活動で、平たくいうとあまりお金のことを考えていない。非常にアドホックでプライベートな活動だと感じました。
日本の場合、若い建築家は一戸建住宅のデザインからスタートして、一歩ずつキャリアをステップアップしていくルートのようなものがあるのですが、リノベーションは若い建築家たちがキャリアをスタートするもうひとつのルートになる可能性があるのではないかと思います。
それはそれでいいことだと思うのですが、それが最終的にどのような方向に進んでいくのか。例えばリノベーション産業のようなものになるのか、職能としてどのようにネットワークされ展開していくのかという問題が、今回の本ではなかなか見えてこなかった。
リノベーションの難しさ
21世紀がリノベーションの時代だとすれば、やはりリノベーション産業に展開していかないとまずいと思います。『リノベーション・スタディーズ』出版後に、INAXが「リノベーション・フォーラム」というウェブサイトの企画をはじめて、僕はその会に参加するようになりました。
私と松村秀一さん、太田浩史さんの3人がコアメンバーで、毎月一回いろいろなリノベーションに関する専門家を呼んで、どちらかというとかなりプラクティカルなことを聞くのですが、そこで勉強して分かったことは、税制の問題、管理組合の問題、建物の証券化の問題など、今までの建築の作り方とはかなり違う視点を持たないとリノベーション産業は成立しないということです。
この問題とリノベーション的な「視点の転換」がどう結びつくかという点を、もう少し追求する必要があると思うんです。けれども、最近の世の中の動きをみるにつれ、姉歯問題や悪徳リフォーム業者のような問題によって、かつてあった見えないルールが崩れてきて、悪い意味で非常に自由になって「なんでもあり」のような社会状況になってきている。その底流には、すべてをお金ではかるという問題が潜んでいます。
次回(2006年1月20日開催)の「リノベーション・フォーラム」には、とうとう森ビルの人を呼ぶことになりました。なので、せっかくですから徹底したリノベーション批判をしてもらおうと思っています(笑)。

ちょっと景気がよくなってきたら、リノベーションについて誰も言わなくなる恐れがある。実際に設計に携わっている人はわかると思いますが、確認申請が急に通らなくなったでしょう。国の締め付けがすごくシビアになっている。法律の問題はリノベーションにとってすごく重要で、越えなくてはいけない制約でもあります。しかし法的な締め付けはすごくシビアになっているし、今後、景気の上昇とともにリノベーションの暗黒時代が続くかなという感じがしています。その点はくれぐれも注意しないといけない。
大学で学生たちがいくらリノベーション的な視点を持ち始めたとはいっても、世の中のプラクティカルなリノベーションとの間には飛び越えられない巨大な溝があります。僕も最近はリノベーションについてよく話をするので、自邸をリノベーションしようと思い、築50年の住宅を3倍くらいの解体費をかけて少しずつ手作業でやっていたのですが、結局挫折してしまい、現在は建て直しています(笑)。
リノベーションはそれくらい難しい。物理的な面で難しい問題もあります。これはおそらく日本の社会問題だと思います。築40年以上の木造のリノベーションは、本当は半端じゃなく難しい。
そういうことはあるのですが、ともかく「リノベーション的視点の転換」と「アクティビティとしてのリノベーション」という2つのテーマが出てきたことが、この活動・出版の大きな成果だと考えています。今後、僕としてもなんらかのかたちでこれらの問題に関わっていきたいと思っています。
難波和彦氏
難波和彦氏
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