Renovation Report 2009.3.31
まちと人をつなぐこと──「くしだ蔵プロジェクト」レポート
小川弾(建築家/NPO地域再創生プログラム)
落合正行(建築家・インスタレーター/PEA...

イントロダクション
Introduction
静岡県下田市で2008年9月から2009年1月までの5カ月間、中心市街地に立地する蔵を借り「くしだ蔵プロジェクト」を実施した。まち遺産と呼ばれる古い建物を拠点として利用することをきっかけに、まちと人をつなぐことを試みるプロジェクトだ。
NPO地域再創生プログラムが主体となり、20代のメンバーを中心にプロジェクトチームを結成した。参加したメンバーは東京を拠点に活動しているため、毎週末、東京から下田を訪れながらプロジェクトを進めた。私たちは外部者としての視点でまちを評価し、まちのストックを活かすために声を上げていた。しかし、それだけでは建物の利活用が進まない現実もある。古い建物の利活用を促進するにはどのような活動やシステムが有効なのだろうか。実際に自分たちがまちに入り、建物を使ってみることでその糸口を探りたいと考えた。その結果、下田を訪れる外部者としての立場と、下田の中で活動する内部者としての立場の両方を経験することとなった。
このプロジェクトを通して私たちが見つけた「まちの新しい担い手」についてレポートする。

●「くしだ蔵プロジェクト」概要
期間=2008年9月〜2009年1月
所在地=静岡県下田市二丁目
主催=NPO地域再創生プログラム
助成=200年住まいまちづくり担い手事業
URL=http://d.hatena.ne.jp/kushida-kura/
ポストカード

一軒の蔵
Location
くしだ蔵は、100年以上前に建設された伊豆石となまこ壁でできた2階建ての蔵である。下田市内には伊豆石やなまこ壁が使用された地域固有の意匠を持った民家や蔵などが数多く残されており、個性豊かな町並みを形成している。くしだ蔵もその中の一つだ。
蔵の大きさは間口5.6m×奥行き11mで、縦長な平面形状をしている。その1階の壁面が全て300×300×800の伊豆石によって組上げられている。そして2階部分が木造のなまこ壁となっている。屋根のけらばまで立ち上げっているのが下田のなまこ壁の特徴だ。内部は1階部分が土間となり、2階部分は面積の半分を占める大きな吹き抜けと6帖の和室が2間ある構成となっている。以前は吹き抜けがなく、2階は全て和室となっていた。
所有者は隣接する敷地の店舗兼住宅で物販業を営みながら生活する50歳代の夫婦である。建設当初は回船問屋の蔵として使われていたが、時代が経ち人手に渡り1階がクリーニング店の作業所で2階が従業員の宿舎として使われた。その後現オーナーの両親が購入し住居兼物置として使用していたこともあったが、現在では所有者夫婦の物置として使われており、他の人に貸し出す動きなどもなく積極的な利活用には至っていなかった。オーナー夫婦もいつかは活用したいと思いはあったようだが重い腰が上がらなかった。そこで私たちがプロジェクトを実施するために借りることになった。
私たちが借り始めた時点ではプロジェクト終了後の建物の使用方法は決まっていなかったが、私たちの活動に刺激されてオーナー夫婦も蔵の積極的な活用に動き出した。借り手の募集を始めたのだ。新たな借り手が決まるまでは市民イベントの会場として貸し出しなども行うようである。このようにオーナーの気持ちが変わったのもプロジェクトの大きな成果と言える。
左=高台から見た下田のまち
=借りた時の蔵の様子

5つの試み
Five Activity
「くしだ蔵プロジェクト」では、下田市内に残るまち遺産を「まちのストック」として今後も使い続けるために、まち遺産活用の普及啓発や人づくりを目的に、実際にくしだ蔵を5カ月間使用して建物の利活用を実践し、蔵を拠点とした周囲のまち遺産居住者へのインタビューや、基調講演+座談会形式の勉強会などを実施した。
ここでは「開き・使い・見せる」という3つのスッテップを踏むことで、建物の保存や活用方法を示していく実践的な5つの活動についてまとめる。これは使われていなかった建物が新たなユーザーを見つけ、リノベーションされ使い始めるまでのあいだに発生する空白期間をつなぐ活動である。

1──きっかけを生んだ大掃除
プロジェクトは、蔵の中を大掃除することから始まった。5カ月間、蔵で活動するにあたり、内部をできるだけフルに活用したいと考えたのがきっかけだった。せっかく大掃除をするのであればと、大掃除自体をイベント化し、メンバーをはじめ蔵のオーナーや地元の有志を交えて行なわれた。その様子は、地元のケーブルテレビや新聞にも取り上げられた。手数が多かったこともあり大掃除は半日ほどで終了し、夜には奇麗になった蔵の中で鍋を囲みながら、今後の蔵の使い方を考えるキックオフミーティングが行なわれた。メンバーからは、「がらんどうになった蔵を見て、あらためて使い方の可能性が広がった」という意見が多かった。大掃除は蔵の次なる活動を考えるきっかけをつくった。
コンセプトダイアグラム
左=大掃除の様子
=キックオフミーティングの様子
2──たくさんの人を招き入れた3つのアイテム
大掃除以降、扉が開かれるようになり、これまであまり見向きもされなかった蔵の前では、足を止めて様子を伺う人や蔵の中まで覗きに来る人が少しずつだが見受けられるようになった。そこで、よりたくさんの人に蔵を見てもらおうと、人を招き入れるためのアイテムづくりを行なった。蔵は通りから奥まったところに建っており、通りを歩く人からの視認性が低いことがこの場所の問題だった。まず、通りからひと目でわかる目印が必要だと考え、蔵の前のカーポートの屋根を使って、布でつくった暖簾状の看板を取り付けた。次に、看板を見て足を止めた人を、15mほどある蔵の入口まで導くにはどうしたらいいのかを考えた。蔵にエスコートするというコンセプトで、映画際などでイメージされるようなレッドカーペットをモチーフとし、あたかも蔵のなまこ壁の模様に見立て、300mm角のカラフルなタイルカーペットを45度に傾けながら連結して制作した。そのほかにも、遠方からも見に来てもらおうと、広く周知をするという目的でポストカードを制作した。これらのアイテムによって、蔵にはたくさんの人を招き入れることができた。この出来事には近隣の人たちがもっとも驚いていた。建物を見るだけでも価値があるということに気づき始めたという。
カーペットと看板が設置された蔵の様子
3──さまざまな蔵の使い方を示したパネル
大掃除で蔵の中ががらんどうとなったことで、いろいろな使い方を企画することとなった。ほかのまちで活動する人を呼び勉強会を開いたり、活動記録を掲示したり、地元からは展示会や催し物の会場に使いたいという声も出た。しかし、なにもない状態では使うことができない。そこで、企画にあがった用途に対応できるよう自由に組み合わせができるパネルを制作することとなった。資材はすべて現地で調達し、制作も自分たちの手で行なえるものを考えた。パネルは3尺×6尺のいわゆる普通のベニア板に補強材の角材を組んでつくり、片面を白く塗装した。4方に連結穴を設け、ボルトを使って連結できるようにした。実際には、展示会では高さ1.82mのボックスにして展示会場をつくったり、勉強会では2.73m×5.46mの大きなテーブルや4.55m×6.37mの輪になる椅子にしたり、活動記録が巡るような掲示板にしたりした。結果的に、パネルが蔵の使い方を多様に示すこととなった。
上=パネルを制作する様子
下=パネルを使った蔵の中の様子
4──使うことで触れた蔵の魅力
大掃除をして初めて蔵の痛んでいる部分がわかったり、使っているうちに蔵がもつ魅力にたくさん触れることができた。メンバーのなかには、奇麗に残っているなまこ壁や伊豆石のほかに、庇や戸袋に描かれている装飾などを見つけ写真に撮り、訪れる人にその価値を伝えていた者もいた。
蔵を借りた当初は、電気配線が通っていないところがあったり、照明器具がなかったりした。そこで、地元の電気屋さんに協力してもらい、配線の修復や既存の梁に裸電球を設置した。また、構造家による簡易な耐震診断を行ない、蔵自体の健康状態を知ったりもした。私たちは蔵を使うことでわかることがたくさんあることを知った。
5──いろいろな人が使える期間
地元からの声としてもっとも印象的だったのが、蔵のような古い建物を使ってイベントをしたいという声だった。しかも、意外と少なくないということに驚かされた。今回は、地元や東京の方から依頼を受けて、3時間から3日までさまざまな期間でイベント会場や映画の撮影場所として蔵を提供した。蔵の使い方として、いろいろな期間がありうることを知った。
蔵を会場に地元が主催した展示会

まちの新しい担い手
=「コネクター」
Connector
蔵で活動するかたわら、並行して周辺の古い建物を使っている人にインタビューを行なった。インタビューでは、建物を所有するオーナーは建物をどう活かせばよいかわからず、建物自体を重荷だと思っている人が多かった。一方で、建物を使うユーザーは求めていた物件を見つけるまでにたいへんな苦労をしたと話す人が多かった。オーナーとユーザーが抱えている問題はそれぞれにあり、そのあいだには距離がかなりあると感じていた。
このプロジェクトで行なった5つの試みは、建物の価値や可能性をワンランク引き上げ、オーナーとユーザーをつなぐきっかけをつくるものだったように思う。大掃除が建物を使うきっかけとなり、いくつかのアイテムが建物への人の出入りを増やし、パネルという小さな装置はいろいろな用途に使った。また、建物の魅力を知ったり、いろいろな人が使える使用期間のヴァリエーションなども知ったりした。

今回のプロジェクトを通じて、建物の活かし方がわからないオーナーと、建物を使いたいというユーザーを結ぶ新しい担い手が、下田のようなまちには必要だと感じた。私たちはこの担い手を〈コネクター〉と呼ぶことにした。下田のように古い建物や風刺が残るまちにとって、コネクターの果たせる役割は非常に大きいだろう。〈コネクター〉は、まず古い建物の扉を開けることから始める。オーナーから建物を一時的に預かり、光と風を取り込み、見せ方や使い方を提示し、建物自体の健康状態を確認し、建物の価値を上げる。そして、建物を使いたいというユーザーにつなげる。この一連の流れが〈コネクター〉の役割だと考えた。
プロジェクトの舞台となったくしだ蔵は、いまだユーザーに巡り会えていない。今後はまだ見ぬユーザーを探しながら、地元と連携とりながら〈コネクター〉のチーム化を図っていきたいと考えている。
プロジェクトをまとめたブックレット『まちと人をむすぶ本』
上=インタビューの様子
下=〈コネクター〉ダイアグラム
以上すべて筆者撮影+作成

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