プロローグセッション
●都市へ/八女市での試み《八女市多世代交流館》
これで「環境」の話は一段落で、ここからは対象を都市まで拡げた新しいファイン建築の話です、タイトルを「都市へ」としました。私が大分県以外で初めて設計したのは、福岡県の真ん中にある八女市というところの建物ですが、ある日そこの市長さんに呼ばれて、市内にある建物を7つ見せていただきました。だいたいの建物はリファインできるでしょう、と言って帰ったら、いきなりコンペになって応募することになりました。
単に手法のみリファイン建築でコンペをしても勝てない。八女というのはお茶、仏壇、和紙など伝統的な技術が町のあちこちで見られ、また、九州大学の藤原惠洋先生がここに住まれていて、熱心に町づくりをされています。そのため、伝統的な建築が使われながら残されています。コンペの提案では、この八女が持つ街の力を表現したいと考えました。
fig.2-01は屏風を巨大化したものを作りたい、と思いデザインしたものです。屏風は立てることで同じ空間が別の空間になるという、日本の空間構成のなかで結界を表現するような重要な役割を果たすもので、ここではそうした屏風を立てることで生まれる空間によってなにができるか、僕の予期せぬ空間はできないかと考えて提案しました。

fig.2-01

技術的な話をすると、この建物はX軸(南北方向)とY軸(東西方向)でY軸が非常に長いものですから、古い建物を解体してスケルトンにしたあとに通常の耐震補強をすると、耐震の金額と建物自体も重くなりますので、層間変形(各層の床の関係に水平方向の変位が生じること)を抑えようということで真ん中に重りを置きました。あとは部分的に補修していくのが一番合理的な耐震の方法だろうと選択したわけです。それから機能上足りないスペースを増築するという流れにしました。
この建物は、もともと事務所として作ったもので、八女市多世代交流館という名前になっているんですが、老人のためのデイ・サービスと児童図書館とそれに付随する施設にしました。
fig.2-02は1階平面図です。黄色いところが増築した部分です。fig.2-03は2階です。

fig.2-02 fig.2-03

fig.2-04は解体がほぼ終わった段階です。着工してひと月でこういう状態なります。時間軸でいきますとこちらのほうが先ほどの《西陵公民館》より古いのですが、解体はこちらのほうが上手だというのがわかると思います。優秀な大手のゼネコンさんと有能な現場監督とうちのスタッフのあいだで綿密な打ち合わせをして解体に入れたことで、良好な解体が実現しました[fig.2-05]

fig.2-04:躯体を残して解体完了 fig.2-05

fig.2-06
fig.2-06が鉄骨が組み上がった段階で着工から45-50日目くらいです。リファイン建築は、工期を非常に圧縮できるというのが大きな特徴だと思います。
じつはこの建物も、既存の躯体に大変な問題がありました。fig.2-07のようにばらしてみたら庇が落ちる寸前でした。fig.2-08は大梁と小梁がぱかっと開いていて、信じられないという感じです。これじゃ完全に力が伝わらないですよね。fig.2-09は梁に設備が刺さっていて、断面欠損ですね。fig.2-10は常時雨漏りしていたところで、アルカリ分が流れ出ている。これは炭素繊維を使って補強しました。

fig.2-07 fig.2-08
fig.2-09 fig.2-10

八女というところはコンクリートの状態がたいへん悪い。このあとに設計した《福島中学校屋内体育館》もやっぱり悪かったですね。こういうのを一つひとつ潰していくということが現場に居たわれわれの仕事でした。例えば東京の現場だと、週に半分はうちの所員が詰めているという状況で、このような現場での作業は建築家の仕事のなかで一番肝心なことではないかと思います。
fig.2-11が完成したものです。fig.2-12はエントランスです。fig.2-13は内部です。ここは建物の北側になりますが、天井は折板の二重張りでトップライトも二重張り、それからルーバーで天井をつくりまして、メンテナンスのキャットウォークにもなります。fig.2-14の階段の横には中庭があってコンクリートのガラを敷いています。

fig.2-11・12
fig.2-13 fig.2-14

fig.2-15は既存部分の一番大きな部屋で、ここに畳を敷きまして、一番くつろげる部屋にしています。年寄りが一日ごろごろしています。fig.2-16が児童図書館です。コストのこともずいぶん気を使っていまして、1階と2階の空調ダクトを2階の床に敷いてましてここから吹き出すということで1、2階兼用のダクトにしています。fig.2-17は伝統工芸の和紙を使った照明器具です。

fig.2-15
fig.2-16 fig.2-17

fig.2-18は南側のテラスですが濡縁のような使い方をしてほしいということで作ってみました。fig.2-19は子どもさんが使っている様子です。お風呂場は浴槽部分だけ増築して温泉気分で利用していただけないかと考えました[fig.2-20]。最後に夜景です[fig.2-21]

fig.2-18 fig.2-19・2-20
fig.2-21

さきほどの『リファイン建築へ』のなかに八女市長との対談があるのですが、《八女市多世代交流館》の建設に対して3つの抵抗勢力があったそうです。最初は市役所の職員が誰も賛成しなかった。2つめは議会がなかなか承認しなかった。最後は地元の業者が全部ボイコットして落札しなかったので、指名変えをしてやっと落札したといういきさつがあって、非常に抵抗が多かったということを市長が言っていました。
ひとつめの市役所の職員はできあがるにつれて賛同者が増えました。建築の担当者はかなり怪訝な顔をしていましたが、さきほどの欠損部分が見つかったときに、たまたまわたしと同世代の課長さんと話をしまして「ちゃんとやってないとエラい目にあいますね」と言いましたら、顔がばーっと真っ青になりまして、すがるような目でわたしを見ていました。それ以降は非常に仲良くできました(笑)。
2つめの議員さんは、この中庭にコンクリートのガラを敷いたのですが、ある市の有力者から落成式で「こんなコンクリートのゴミみたいなもの敷きやがって」と叱られたんです。じつは最初は玉石で設計していたんですが、お金がなくなったので、コンクリートのガラをたたき割って敷いたという苦肉の策なんですが、その数日後に毎日新聞の福岡県内版で九州芸工大学の土居義岳先生にこのコンクリートのガラのことを取り上げていただいて、建物の時間的継続の面で残すことは良いことだと誉めていただきました。新聞に書いていただいて、次にその有力者に会いましたら「いやー、立派な庭になりましたね」と言われて驚きました。
そういういろいろな批評を受け入れながら、ある意味では非常に楽しむことができたと思っています。利用率が高いものですから市民の皆様にも喜んでいただいています。
これははっきりいって安物の建築でして、見に来た人にぼろくそ言われるんですけど、僕はあまり気にしません。自分の置かれた立場でちゃんと設計するのが僕のやるべき仕事だと思ってますので、これでいいのではないかと思っています。
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