プロローグレクチャー
●人材で変わるリノベーション産業
石山――ヨーロッパでもアメリカでも建築学科の60パーセントくらいは女性ですから、これから東大でもきっと女子学生が増えてきますが、この人たちは、おそらく全部リノベーションの世界が吸収せざるをえないだろうと思います。僕のところも今年は30パーセントが女性ですが、INAXも他のメーカーも女性をあまり採っていません。そういう人材を獲得することからのほうが、産業はビジネスとしては成立すると思います。難波さんや僕みたいにあまり建築、建築と言わない人たちのほうがビジネスとしてうまくいくと思いますね。

松村――リノベーションではないですが、マンションのプランで売っているものは普通決まっていますけれども、最近、買うならそのプランを自由に変えてもよい、というのがいろいろな程度でできるようになっています。ただどんなにフルに変えられても、ディベロッパーにはそれに対応できるスタッフはいないし、設計施工したゼネコンはそんなサービスまで提供できないので、それを専門にやるベンチャーの企業というのがあるんです。そことつきあいがあって、いろいろな話を聞いているんですが、例えば、ベッドを置くからコンセントの位置を横にしたいとか、あるいはドアはここじゃなくてこうとか、この間仕切りいらないとか、本当に細かいことを施工図レベルで設計するわけです。お金も、間仕切りがなくなりましたからあなたの分譲額からいくら引けますという計算をして全部はじくわけです。そういう話し合いに全部つきあう仕事をやっている事務所がありますが、そこははじめ男性がいたのですが、全員やめたらしいんです。リノベーションは、実際に建物を使っている人とやり取りしながら、現物の建物を回って、細かいことを納めていかなければならないですよね。結局、今の話に通じるかもしれませんが、女性だけが残っていて、生き生きとやっているらしいんですが、男はどうも、こういう仕事はやっていけないみたいです。性別でどういうふうに違うか難しいところですけど、男は定着しないといっていました。

石山――今は、一般の人が細かいことをよく知っていて厄介だよね。こちらは変な教育を受けていますから、ル・コルビュジエの5原則を知っているのかとか言っちゃったりしそうだけど(笑)、それじゃ商売にならないから丹念につきあっていかなければならない。

松村――「私はこういうものをつくりたいと思います。これはこんなに素晴らしいです」と、自分の主張を人に納得させられるという修業や訓練を受けていませんからね。

石山――そういう奴は廃れないだろうけれども、何かマンモスみたいな状態ですから、いずれ倒れて世界中で50頭だけしかいないということになるかもしれませんね(笑)。粘り強いというか、本当に全部対応していく能力というのは別の能力ですよね。

松村――そうですね。今から10年くらい前ですが、例えば、RIBA(王立国立建築家協会、Royal Institute of British Architects )で「カスタマー・サティスファクション(Customer Satisfaction)」つまりCSがこれからの建築家のキーワードになっていて、そのためのコミュニケーション能力をどうやって育てるのかが特集になっていたりする。日本でそんなことを議論した形跡はどこにもないし、建築学科でCSなどと言うと「馬鹿じゃないの」と言われるわけですけ。おそらく他の国ではごく普通にそういう能力が必要であるというふうになってきていると思います。

石山――例えば、フランスやドイツでは建築家はデザインしかやらないから、エンジニアリングを全然知らない。でも、喋らせたらとうとうと喋ります。それはやっぱり、そういうふうに教育されているからなんです。日本はアメリカ型に近くて、エンジニアリングとデザインと両方ですね。

松村――それで、どれも中途半端です。ただ、先ほどの青木さんのように、一人ですべてをやるのは普遍的な像としては描きにくいから、やっぱりチームだと思います。

石山――青木さんみたいな人は、リノベーションのチェーンスクールをやればいい。


●機能をつくることから始まる町のリノベーション
太田――町づくりのことをお聞きしたいんですが、リノベーションを町の問題として捉える視点がきっとあると思うんです。新築をするとこうなりますというのは、建築家はプレゼンテーションしやすい。でもリノベーションは町に対してそこまでドラマチックではないときもありますから、効果についての説明は抜きにする場合もあるかと思います。例えばリノベーションによって地域をちょっとずつ新しくしていこうとするときに、その辺の説明はどのようにすればいいと思われますか?

石山――今まで僕らがやらせてもらったのは、高度経済成長時代の町づくりなんです。だからみんな町の活性化、商店街の活性化と言う。でも活性化なんて望めないんです。町づくりで成功したというのは、観光収入がどれだけ増えたとか、外からどれだけ人が来たかとか、人口が増えたとかに換算されるんですけれど、それを認識している人が意外と少なくて、それだとビジネスとしてはだめなんです。リノベーションは機能をつくらなければどうにもならなくて、そういう本格的なプランニングをやらないと、評価の基準が立てられないし、活性化なんて絶対にないんです。国の人口が減っていくとき、地方都市はさらに人口が減りますから、そのときに何を最低限の基準にするかというのは、政治家もまだイマジネーションが全然ないですね。

太田――中心市街地や駅前通りは、本当にいかに機能を変えるかという問題ですね。リノベーションによって建築の用途を一つひとつ変えるということがあると思いますが、その小さな変化を町の機能の大きな変化として編集していかなくてはならない。そういう編集の力が建築家には必要で、それがリノベーションを手がけていく動機の一つであってもいいと思うんです。僕は建築家の生きる道としてはそれはすごくあると思っていて、逆にそれを産業にしないと食っていけないし、ニーズはあるとは思っているんですけれども、例えばリノベーションを町づくりの問題として捉える課題を大学で出されたりしていますか。

石山――早稲田の場合は、結構デザイン志向が強いですから、リノベーションをやらせても、みんな変なデザインをしてきます。でも、やっぱりそういう楽しみがないと学生はのってこないですから、この課題は面白いんだぞという、失礼な言い方をすると最初は幻想から入っていって始める。先ほどの太田君の言ったA級という話なんだけど、例えば地方都市の駅前に建っている10階建てのビルをどうするかというのはA級なんだよね。都心の美術館の再生などというのは、大きな問題じゃない思うし、デザインの新しい流派みたいなのが出てきてもそれは関係ない。機能を考え出さないとしょうがない。

太田――僕が前にやった仕事は、東京の商店街ですが、東京とはいえ廃れていて、機能を考えなければならないということで、行き着いたのはゲストハウスでした。外国人専用でしたが、半分日本人を入れたほがよいということがわかったので、敷金礼金のないタイプで2カ月ごとに人が入れ替わるような集合住宅になりました。それは新築だったんですが、新しいタイプの集合住宅にすることによって、その場所と住民をいかに都市的にリノベーションするかということだったんです。その時も手探りだったんですが、駅前通りや中心市街は普通に機能を考えていたのでは答えが出なくて、もっと複合的に建築家がコミットしないと建物が生きてこないし、そこまで設計しないとだめなんだなという印象を持ちました。

石山――それは、結果としてたまたま建築になったのかもしれないけれども、太田君みたいな人は、結果としてではなくて、考えの回路や雛形みたいなものを流布させていく方向にいかないといけないと思うし、その先にはマーケットがあると思います。

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