プロローグレクチャー

●動き始めるきっかけは何か
松村――国際競争時代の部品の話は、実は住宅以外の世界ではかなり起こっていて、ロシアのお話はなるほどと思いました。ロシアの多くの既存アパートはソ連時代の標準設計でつくられていて、プランには全部P1とかP2という番号がついているんです。実はそれはソ連だけじゃなくて中国にも建っているし、東ドイツやハンガリー、旧チェコスロバキア、ポーランド、キューバなどソ連の影響下にあった国にはみな建っている。そのほかアジアだとヴェトナムにいっぱいあるわけです。中国の人に「P1を知っているか」と聞くと「先生、なぜP1を知っているんですか」と言われる。「ソ連も同じでしょ」というと「あ、ソ連も同じなんですか」と言う。実際に見てみると同じものが建っている。だからロシアだけだと2億人ですが、中国を含めなくても、約7億人が旧ソ連型のアパートに住んでいることになるんです。旧ソ連型アパートのリノベーションは、日本人が相手にするマーケットかどうかはわかりませんが、かなり巨大なマーケットだと思います。ところで、先ほどのロシアの建材マーケットは、一辺が4キロあるんですか。

石山――いや、話が大きくなりすぎたかもしれません。2キロくらいかな(笑)。それがモスクワには4つくらいあります。

松村
――それはちょっと行ってみたいなあ。日本のホームセンターも最近変わってきているようで、千葉ニュータウンにできたジョイフル本田などはばかでかい。いつのまにそんなものが成立する市場が日本に現われてきたのか、いつ頃からそんなにみなDIYをやり始めるようになったのか、調べてみようかと思っています。

石山――アメリカはホームセンター・ビジネスと建設全体のビジネスを比べると、ホームセンター・ビジネスのほうがとっくに超えちゃっていますね。

松村――そうかもしれないですね。今日ここに来る前に別の会議で消費税が上がるという話で議論をしていたんです。消費税が12パーセントになるという新聞記事が出ていましたが、そうなると工事にも当然消費税がかかるわけです。ドイツでDIYが増えた瞬間というのは、どうもその消費税と関係があるのではないかという話が出ました。つまり、ものに消費税がかかるうえに工事にまで消費税がかかってしまうのはばからしいと。ものは自分で買ってきて、工事は自分でやるか、あるいは地域通貨のようなものを使いながら工事のうまいおじさんにやってもらうというように、消費税率の引き上げはアングラ経済が動く大きなきっかけになりうる。その時に、ひょっとしたら日本は急速にリノベーションの時代になって、それまであまり動かなかったことが普通に動いてしまう可能性がありますね。

石山――商売の話ばかりですが、セールスマンではなく、エンジニアリングもデザインもちょっとわかって、見積もりも素早く適確にできるという一人工務店みたいな人材がものすごく重要だと思います。今はこれが分離していますから、ちゃんとお金に強い人が必要です。プレファブメーカーについても、エンドユーザーはセールスマンと現場は違うと知っているんです。セールスマンはセールスのための教育をされているから、われわれなんか太刀打ちできないくらいお世辞もうまいし、誰でも騙されるくらい話のうまい人もいますが、でも現場は全然違う人がやっていて、さらにお金は別の人が算出するというのは作業効率が悪い。昔の大工の棟梁ダッシュみたいな人材がたくさん出てくれば、この産業は結構栄えると思います。

太田――石山さんのお話の前提には、建築家と一般の人の境界がなくなっていく、という認識があるような感じがします。建築家はいらないということの意味は、見方を変えると、建築家がかつての棟梁のようになりつつある、ということかと思います。昔の棟梁が担っていた役割を担い、マーケットを押さえられるくらい現場に詳しく、それから工法も把握しているという建築家像ですよね。

石山――正直に言うと、例えばキッチンや設備の進歩には全然ついていけなくて、消費者のほうが普通に知っていることが多いんです。専門家としては消費者より上にいなければならないのですが、特に設備と言われるものについては、そうならない。ならば、設計者とは違うタイプの人間の育成を画策していったほうが、僕はよいのではないかと思うわけです。

太田――建物の部品はアッセンブリーでできていて、リノベーションはそれを交替させていく行為だから、建築家にとって大事なのはその変化を受け止められる骨格もしくは仕組みをつくることなのだ、ということが石山先生がいつもおっしゃっていることだと思っています。
その構図は《世田谷村》に伺ったときに強く感じたんですが、建築は文字通りプラットフォームとして大きな構えを持っている。そこに組み合わされる部品は、韓国のものだったりイタリアのものだったり、鉄工所でつくったものだったりと、一種コラージュのように集められているわけです。印象からすると、部品はそれぞれ暴れていて、プラットフォームからはみだすくらい個性的です。そのくらいに暴れている部品をどのように集合させるかということが、石山さんの建築表現の秘密だと思うんですが、部品を支える骨組みがしっかりとあって、もう何でも来いというくらいの大きな構えになっています。難波さんはそれをアーティスティックな表現行為であると述べられていますが、僕はそれは同時に実践論的な知恵でもあると思っていて、骨格づくりこそが重要なのだと教わった気がします。A級のリノベーションができるA級の建築があるとしたら、それは結局A級の骨格につきるのかもしれません。建築の作り方としてその辺はどうなんでしょうか。

●住宅設計は何を目指すか
石山――これは難波さんを挑発して言うんだけれども、極端なことを言うと、住宅設計はだんだん建築の分野から家政学の分野にスライドしていくと思うんです。デザインが統括するということはもうありえなくて、例えば、今までたくさんのクライアントを見てきましたが、みんな部分しか見なくて、全体がル・コルビュジエ風であろうが何であろうが関係ない。便器が頼りとか、あるいは照明器具1個が頼り、またはテレビの性能とか、何かモノを頼りにして生きている人が多くて、住宅のスタイルを頼りにしている人はほとんどいないのではないでしょうか。設備があって、モノを頼りにしている人が多くてそのほうが常識的で、建築設計、計画学やデザインでコントロールしようというのは、逆にちょっとおかしいとも思います。汚いとか、きれいとかかっこいいというのは専門家だけが言っていることで、そういう分野、そういう種族がいてもいいんだけど、それをみなに要求するのはちょっと無理があると思います。

難波――そういう挑発にはのらない(笑)。今日、千葉の無印良品のモデルハウスに行ってきたんだけど、自分の開発したものが住宅展示場にボンと建っているんです。それが今、石山さんがいったように、無印といういろいろな生活用品の最終形態のモノなんですが、照明器具みたいな、つまりモノそのものなんです。別にかっこいいからとかいうことでつくっているわけではないし、ハウスメーカーの展示場の中にポンとあって不思議な光景でした。

石山――それは無印的なものが好きな少ない人数のコミュニティを狙っていればいいわけだから、それが普遍的になるということは考えなくていいわけですよね。要するに、それぞれの趣味やグレードがあるし、島がたくさんあって、そこに無印的なものが好きな島もあるということで、全部をカバーするマーケットはもうないから、それはいいんじゃないですか。

難波――建築界では、建築家がああいうことをやると、すぐにハウスメーカーだという発想になってしまう。そういうとらえ方は間違っているから、違うと言ったんだけど、結局、難波はハウスメーカーだと言われました。彼らは全然わかってないなと思いますけど。
ちょっと話を変えます。基本的にコンバージョンやリノベーションで世界的に成功している例はほとんどが公共の建物なんです。純粋に民間で成功しているところももちろんあるけれども、公共事業は地域性や産業をトータルに見極めて補助を出す。つまり、そういうことが可能だったところは、だいたいうまくいっているわけです。リノベーションはやっぱり違ったかたちでの公共事業だと思います。ここでそういう話をしていいのかわかりませんが、そういう問題なんだろうというのが一つ。
それからもう一つは最近印象深く聞いた話です。青木茂さんが、中小の工務店50社くらいを集めて毎年2回くらい「リファイン建築研究会」をやっています。そこで青木さんがお金や技術的な問題などの事例を含めた自分のマニュアルを全部ホームページにアップしてオープンにする、と宣言したんです。それに対して、会場にいた工務店の社長が非常に怒って「そんなことをやったら全部大手ゼネコンに持っていかれるから、それだけはやめてくれ」と言ったそうです。スーパーゼネコンが実際にそういうことを勉強しようとしていますが、青木さんはそんなこと全然何とも思っていないし、いくらでも教えると言っているんです。それは先ほどの石山さんの話に出た、営業的なことと最終的につくるときのお金と技術の話が、青木さんの場合は自分の中に全部一緒に入っているということなんです。でも、そんなことを大組織ができるわけがない。だから部分的な問題をいくら突っ込んで検討しても、それを統合するときにうまくいかない。青木さんはユーザーと直接話しをし、技術の話もできるし、お金の話もできるし、いきなり人間関係の話もできる。彼の中でそのフォーマットができてきたということで、彼はリファイン建築家というジャンルを確立したと思いました。確かにリファインとか、リノベーションやコンバージョンもそうだけれども、建築家に限らず一人の人間の中にそれが統合されていないとうまくいかない。難しいけれどもすごく面白いジャンルだと思います。

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