プロローグレクチャー

●六本木ヒルズとまちづくり
太田浩史──ちょうど一昨日のことになりますが、大学にいらっしゃったヨーロッパの都市計画の先生方を都内でご案内しておりました。日本橋、表参道、代官山などを回っていたのですが、お昼は森タワーの展望台に上り、それからぶらぶらと麻布十番を歩き、永坂更科の蕎麦を食べるというコースです。この麻布十番がとても評判で、ネイバーフッドの雰囲気とモダンな雰囲気がうまく混じっていて、みな素晴らしいと仰るんですね。今日の話で森タワーが出てきましたけれども、実は僕は結構好きな建物でして、その理由のひとつが麻布十番の街が機能し始めたということにあるんです。僕は六本木ヒルズと麻布十番は相互に依存していると思っていて、ハイライズの垂直的な建物も、足元の麻布十番の縁日のような空間も同等の機能を持っていると思います。つまり、細かな路地の情緒なのか高層ビルなのかという二項対立ではなく、集中投資が行われる再開発をどうやって周辺に波及させていくか、言いかえれば点的な開発をどうやって面としての都市再生にしていくかという議論をすることが大事だと思います。ですから、ヴァーティカル・ガーデンシティのお話のなかで、麻布十番の商店街や外苑東通りが示しているような「通り」の意味、人が歩いてネットワークを形成するということをどのように考えておられるのかをお聞きできればと思います。

本耕一──外苑東通りや愛宕下通りを整備したほうがよいというのは、人が歩く機能や通りも大切にしなくてはいけないという意味だったのですが、説明があまり深くできませんでした。それから、都市の文脈についてですが、再開発をするから皆同じ建物になるわけではなくて、低層部分や手をつけないところなどとスケール感を合わせることを大事にすべきだと考えています。ただ、牽引者となる森稔社長は「ヴァーティカル・ガーデンシティ」という「コンセプト」をより強調しているわけですが。それで、われわれのような実際に計画したり、街と付き合っていく立場の人がうまく調整をしているというのが実情です。そういう中で、人が歩く機能や目線でどう見えるかということを考えていきます。模型をつくるとどうしても俯瞰で見てしまうのですが、同時に目線ということは大切だと思います。1000分の1、2000分の1といったスケールから大きなスケールまで見ることが必要なことだと考えています。
▲太田浩史氏


太田──実は今日お話を聞いていて腑に落ちた所がありました。それは六本木ヒルズは、昔の「名所の境内」みたいなものかな、ということなんです。江戸時代のお寺や神社は都市の代表的なオープンスペースでしたが、そのいくつかは歌川広重の「江戸名所百景」などに描かれて名所として賑わっていきますね。そうした名所の現代版が六本木ヒルズだと考えると、皆あんなに食べることに一生懸命だったり、いろんな広告があったり、季節毎のイベントが賑わったりする理由がわかります。昔の都市において境内や寺社が果たしていた「ハレ」の場としての都市施設です。今の再開発はハレ的、境内的につくっていると思います。
図式化しすぎかもしれませんが、六本木ヒルズが境内だとすると、麻布十番は門前町としての庶民的な生活があると思うのです。これら両方があっての都心だと思いますが、ヴァーティカルシティというのは、境内ばかりつくることになるのではないでしょうか。たしかに昔の都市計画というのは寺社の配置論が先にあり、そこから下町、周りの町が栄えていくから、現代においても「ハレ」の境内を先行してつくっていけばいい、という考え方もあります。でも、寺社の周りに拡がる門前町や盛り場、遊郭も同じようなプロポーションで発生するわけですから、何か相補的な捉え方があると色々とクリアになるのではと思いました。

──こちらで全部つくってしまうというのではなく、つくった所とつくった物をきっかけに、住んでいる人や来る人が新たにつくることができる部分を残すことも大事なことかもしれない。境内をつくって、その後は周辺に住んでいる人に任せることで変わっていく。そういうことの繰り返しによって街がよくなると言えるかもしれない。

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