プロローグレクチャー

●なぜストック×リノベーションなのか
太田──倉庫でダンスをする『フラッシュダンス』は僕も大好きな映画でした。ちょうど前回、私も『フラッシュダンス』の例を引かせていただいたので、中谷さんがリノベーションをそのイメージで始めたというのをお聞きして、とても共感いたしました。
お話のなかで、2つのことが印象に残ったのですが、まず、ライフスタイルの像を中谷さんがしっかりとお持ちですし、住む人もちゃんとそれを理解していらっしゃいますよね。だから、おいてある家具が全部凝っているのが示唆的でした。スタイルであれ、ファッションであれ、リノベーションが自分の表現になる、というのが重要だったと思います。それから、そうやってスタイリッシュに住むということが都市の問題になっている。ハウスボートなどで都市のフロンティアに積極的に住む、というのはとても実験的な例ですが、そういう方法で都市を変えていくんだ、という動きが見えてきて、とても面白くお話を聞かせていただきました。

松村――3年前ほど前、私が大阪に講演をしに行ったときに、中谷さんが客席にいらして、会った瞬間からなんかこの人きっといい人だと思っていたんです。それで、今日話を聞いてやっぱりそうだった(笑)。中谷さんの事例はたいへん面白いです。前回は、池田靖史さんと國分昭子さんに麻布の写真スタジオの話をしていただいたのですが、どういう人がどういうふうに住んでいるのかという話はなかったんです。中谷さんからの話は、住んでいる人が実際にこういうものを欲しているとか、水栓金物も十字型のもので結構気持ちよく住んでいるというような話をリアルにお聞きすることができて、僕自身も日頃言っていることに自信がもてたし、非常に相通ずるお話しで気持ちよく聞かせていただきました。あとでお話しするのかもしれませんけれども、そういう住む側の人たちが変わってきているというのがないとやっぱり、コンバージョンやリノベーションと言っていても、それは建築産業側の事情にすぎないということになるわけです。建物がもう余ってきているし作るものもないから、これからはリフォームやコンバージョンですという話はよくあるんです。でも、たぶん大きく市場が変わっていくとすると、生活する側の発想に根ざさないとだめで、いままでのような生産者側からアイディアを出してどうですかというようなの関係とは違うんだろうなと思っていたんですけれども、まったくそういうお話だったと思います。

▲太田浩史氏
▲松村秀一氏

難波──僕は結構ブルーな気分で、聞いておりました。中谷さんの仕事がブルーだということではありません。いま松村さんが生産者と生活者とおっしゃいましたが、設計者はその中間にいて、どちらを向けばいいのかわからなくなったのでブルーになったのです。僕は大学で学生に設計課題を出すときには、完全に中谷的な発想になります。今後リノベーションの時代が来ることははっきりしているし、前回にも言ったように、リノベーションの仕事は面白いからからです。そのことは頭では十分わかっているつもりです。しかし僕は心底モダニストですから、水栓金物は最新のものが好きだし、家具も仕上げも一貫していないと気持ちが悪い。中谷さんのデザインを見ていると、モダニストの感性を逆撫でされるような気がします。僕の中でリノベーションに関する理性と感性が闘っている感じがして、考え込んでしまったわけです。
現在、僕は自分の家をリノベーションしようとして七転八倒しています。在来木造の住宅をリノベーションするのは、簡単なようで実は大変難しいのです。前回の池田さんの仕事のように、RC造の躯体にインフィルを挿入するようなことが可能なら、それなりのオーダーというかシステムがデザインできるんですけど、在来木造にはそういう明確なシステムがありません。だからこそだらだらと増改築が可能でもあるのですが、モダニストとしてはそれでは我慢できないので、何とかシステムを作ろうとするのですが、これが難しい。中谷さんも在来木造の改築をやられていて、多分同じ苦労をされていると思うんです。できれば後でディスカッションしてみたいのは、こういう風な在来工法と僕たちが受けてきた近代的なデザイン教育とのギャップです。リノベーションを普及させるには、これまでのような近代的なデザイン教育を変えないといけないんじゃないか。しかしそう言っている僕自身がモダンな美学にとらわれている。大学の先生がこんなことを言ってちゃいけないんですが、今日は僕自身の中に潜む自己矛盾を暴き出されたので、ブルーな気分になったんだと思います。

▲難波和彦氏
▲中谷ノボル氏


中谷──古いものの価値を認めるという選択肢が出てきているということを示したかったので、あえてああいうスライドを今日はもってきました。建築家が建てた新築の一戸建てを紹介している『jt』という雑誌があるのですが、お客さんのなかにはそれに出くるような家をリノベーションで作られる方も結構いますよ。ユーザーにはどちらの場合もあり、担当した建築士は両方に対応しています。
ただ私の理想とするストック×リノベーションをするときは、やはりもともとのストックがよいと思えることが重要です。近代建築などをリノベーションするときに、もともとの建物のよさを生かしたリノベーションが、象徴的な公共建築物だけではなく、たくさん出てきて欲しいんです。ストックをリノベーションするというのは逆に言うと、新築するときにもっとよいもの作ろうという話です。新築にこだわるばかりに無理して安普請のものを作ってしまうのではなく、また価格だけの問題ではなくデザインの質も含めて、ほかで流通するときに次に住む人が残したいと思えるようなもの、例えばそれは他人が売買するときでもいいし、娘や息子がその家に住みたいと言ってもいい。日本ではそういうものをこの何十年間は新築で作ってこなかった、少なかったと思います。だから建物はまだまだ使えるのに不動産価格が安くなったり、リノベーションするときも鉄骨の駆体だけにしてしまってほとんど作り替えてしまう場合が結構多いんですが、それはあんまり嬉しいことではないと思っています。

 

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