プロローグレクチャー

●リファインするものはなにか
太田──青木先生は公共建築を手がけてこられたので、社会システムとのストラグルがさまざまあったと思います。その点でいままでの日本の建物のつくり方に対してとても批評的であるという印象を受けました。今日は建物単体のリファインという問題もありますけれど、公共建築をめぐる背後の行政や生産体制、そして法制度などの問題をどのように実践のなかで捉えてこられたのかということをお聞きしたいと思います。

難波──青木さんは、最初の頃はデザインを最優先されていたましたが、今日のレクチャーはデザインだけではなく、リノベーションの社会的背景、クライアントとのやりとり、技術や構法、コストなども視界に入れた総合的なものでした。これまでの2回のフォーラムでも申し上げたのですが、リノベーションやコンバージョンリファイン建築という問題をとらえるには、総合的な視点が必要です。青木さんは、今日は技術的な問題から始めて、ライフスタイル、住まい方の問題、法律の問題、最後に、表現の問題、文化的な問題までトータルに捉える視点を持っておられるので、現在の日本の建築界では稀有な存在だと思います。

太田──青木さんの考えるリファイン建築は、いわゆるリノベーション、コンバージョンとどういった点で違っていると思われますか。

青木──一般的には、オフィスビルを住宅に変えるのがコンバージョンだという認識があると思います。僕が初期に手がけたのは研修センターを役場に、つまり建築基準法の宿泊施設を事務所ビルにするコンバージョンです。また、オフィスビルを老人施設に、つまり初めからコンバージョンだったのです。
リノベーションと同様の言葉にリニューアルがあるのですが、大都市でたくさん行なわれているリノベーションは耐震や補修に関してどう考えているのか、と心配になります。表面の化粧だけやってどうするという感じがします。
僕の自宅は大分にあるのですが、地方で設計の仕事をやっていますと、例えばこのあいだの台風で設計した建物が雨漏りしたときなど、現地にすぐに補修に行かないと仕事が来ない。だから過去の仕事を振り返る作業をずいぶんやっています。必然的に過去に引っ張られて、それに対処をしないと生活ができないということが身近な問題として起きている。そこで自分の家だったらどうするか、ということを考えます。例えば、《シャトー緑が丘》の仕事では役所が確認申請を出さなくてもいい。つまり自主的にやりなさい。ということにことに対して、耐震補強をしないのかというと、自分の家だったらこれだけはしておきたいということを基準にして考えます。それがリファイン建築を考えていくベースだという気がします。

難波──じつは今朝、前回のフォーラムのゲストだった中谷ノボルさんが、オフィスビルを集合住宅にコンバートした建築を見てきたんですが、その手法がまるで舞台セットのようでした。彼を批判しているわけではないんですが、耐震補強も確認申請も性能の問題もちゃんとクリアしているだけど、中谷さんの最終的な狙いはイメージなんですね。ちょうど竣工写真を撮っていたのですが、建築空間ではなくて生活のシーンを撮っている。そのあたりが青木さんのリファイン建築と決定的に違うと思います。最初にも言ったように、青木さんのリノベーションでは、まず骨組み、シェルター、設備があり、さらにライフスタイル、住まい手があり、最終的に表現があるという総合的な捉え方がされています。
僕はこのフォーラムで取りあげているリノベーション、コンバージョンの問題は──町づくりもそうですけど──、そこまで問題を拡げないと意味がないと思います。そういう意味では、今日のレクチャーでは、リノベーションを二酸化炭素問題や都市論にまで拡げていただいたので、僕としては大変満足しています。


●すべてをオープンにする
太田──青木さんは公共建築をやられているということで、一種のアセット・マネージメント、公共のストックをどのようにしてマネージメントしていくかという一般的な手法をつねに考えながら仕事をされていると思うんです。前回、前々回のレクチャーはいわば一つひとつの物件との関わり合いのなかで解法を立てられてきたのですが、今回は、こういう場合にはこういう耐震補強をする、と話が一般論として捉えられているのでおもしろかったですね。
公共建築をされているということでお聞きしたいのは、現場変更をじつに嫌がる行政も、少しずつ柔軟になっているようにも思われたのですが、実際に、いろいろと現場で起こる不測の事態にどのように対応していらっしゃるのですか?

▲太田浩史氏


青木──身も蓋もない議論になるかもしれませんが、結論的には全部オープンにするということです。例えば、いまやっている《緑が丘シャトー》の建物でもクライアントが不動産ディベロッパーで、業界の表も裏も全部知っているわけです。ですから、うちの事務所の設計に失敗があっても議論にのせなさい、設計書に入れていないところがあったら、それは自分たちが失敗しましたと言いなさい、オープンにしなさいと言っています。オープンにすることによって、最終的な引き渡しのときに問題が全部解決される。僕はそれが一番賢明な方法ではないかと思っています。それに蓋をしてクライアントのいないところで話をすると信頼が得られないと思います。建設業界というのは見積もりで2、3割違うのは当たり前の世界で、よく考えたら僕も本当のコストがわからない。そういうことで市場の信頼を得られるのかということはものすごく不安です。施工ミスからなにから全部オープンにしないと信頼関係が得られないのではないかと思います。

●コスト管理の精度
太田──現場会議でいろいろ話し合われるわけですか。

青木──ええ、役所の人にも入ってもらいます。
宇目町役場を例にコストの話をすると、大分県の同規模の人口/町の職員数の事例で同時期に新築でできたものが8億かかっていたのですが、宇目町役場は4億、つまり50パーセントでできたんです。最近やっている民間の建物なら集合住宅は対新築の70パーセントでできます。
先ほど紹介した福岡市の《西陵公民館》の設計に入った時、コストに関しては、初めての試みであるので細かい指示はしませんが、とにかくオープンにして、細部に至るまでオープンにしてほしいという点と、設計指針と施工指針をつくってほしいということでした。つまり僕のノウハウを全部提供しなさいと言われて、僕はオーケーしたんです。最終的には、役所からは、予算は新築の80パーセントでやってくれ、追加になるものは全部認めると言われ、結局、施行後に清算しましたら、84パーセントになりました。ただ、増築が倍以上ありますので、純粋にリファインだけした部分だけだともう少し数字は下がるのではないと思います。結局、躯体を残すことがいかに金額面でも、CO2の発生を抑えることにおいても、いかに有効かということが数字で証明されたと思います。
太平洋セメントさんにリファイン研究会に入っていただいて、最近は事前の調査の精度がかなり上がっていて、設計段階に組んだ予算の誤差が5パーセントで収まる。つまり新築とほぼ同じような精度で予算が組めるということです。
材料は予算に応じて松竹梅と3案ほど提案しながらやっていくんです。さらに予算が1億だと9500万で落札して、500万は持っておき、その500万は現場で使い切るようにするんです。
先ほど福島中学校の中性化の話をしましたが、柱の中性化を壁面でサンプリングした数値ですが、90%を超えていました。つまり、風化する寸前だったのです。アルカリ性不溶剤を散布して中性化を抑えています。
八女では、多世代交流館につづき2回目の仕事でした。この地域はコンクリートの質が悪いので、炭素繊維で巻き、さらにその上に杉板を巻いて仕上げています。これは強度的にはなんの意味もありませんが、木が人間の出す二酸化炭素や水分を多少吸収したり吐き出す働きをしてくれて、それによってコンクリートの劣化を抑えられるのではないかと考えたからです。そして解体が終わった段階でもう1回構造屋さんと調査をします。それからもう一度それに基づいて補強を組み直すんです。そこで予算が余れば仕上げに使おうということです。あまり、このような事例はありませんが。実行予算が1億であると落札金額を9500万にして500万はわたしが預かってそこへ出すということです。そうすると民間の建物で投資案件であっても予算が組めて建物ができあがる。そうするとディベロッパー側の不安はなくなるのではないかと思っています。これは調査レベルがあがってきたことと、わが社のデータ採りがかなり蓄積できてき たということだと思います。

●解体時の問題
太田──解体後に補修の時間が結構かかると思いますが、その時間のかかり方はまちまちですか、ある程度安定していますか?

青木──補修というより解体に時間がかかります。解体の計画を立てると、例えば地方や学校の場合は苦情が来ないつまり、騒音やほこりなどの解体に伴う苦情があまり来ない時は予定通りに進むのですけど、自由が丘の場合は周囲からの苦情の問題で2週間遅れました。ですから、解体が終了すれば、ほぼそれから先の時間の目途がつきます。補修はワンフロアで3カ所くらいサンプリングするとだいたい予測がつきます。コンクリートの圧縮強度や中性化試験の結果が悪いと必然的にコンクリートの質が悪いだろうという予測を立てますので、これだけ補修の費用を見ておこうと考えます。じつはわたしは30年前に現場でシャブコン(不法加水コンクリート)を打った経験があるので、そういう経験をもとに予測を立てるわけです。

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