プロローグレクチャー

●インフィルの自立の可能性
難波――松村さんに今のお話に関連して聞きたいんですけど、近角さんの話だと、最初僕が言ったような人工地盤をつくってその上に戸建てを建てるのが究極の姿になっていくという感じがするんですが、それでもまだ否定的なんですか。

▲難波和彦氏


松村――ただSIに未来はあるかな、と思うわけです。つまり、区画された土地に戸建て住宅をつくってきた過去がある。そうすると、積層化した地盤の上でそれを展開したところで、それがなんなのということです。戸建ての世界は環境をつくっていくうえで問題がなかったのかというと、これはこれでまったく別レベルでいろいろ問題が議論されているわけです。そうしたなかで集合住宅を戸建てと同じにすることが、なぜ目標になるのかというのが、僕にはまったく理解不能です。
個々の人が住戸の中を自由にできるということは、今や現実にあることで、すでに成立している。例えば中古でマンションを買って中をリフォームすることは簡単にできますから、そんなことは今更テーマにならないというのが偽らざる気持ちです。だから近角さんがおっしゃったインフィルが自立していく可能性については僕もまったく同じ気持ちです。そのほうが、ゼネコンが支配的な新築産業とは違う産業的な動きが出てくるはずだし、そうなると良いか悪いかわかりませんが、おもしろいと思います。ただ、個人が自由に選んでくる間仕切りや床、そういうハードに対応する産業のかたちとして考えていくと、そんなところを売りものにしているのは駄目だろうという直感があるんです。例えばそれは、自動車を買ったり、家族で旅行に出かけたり、家電製品を買ったりするのとまったく同じレベルに並ぶ産業になるはずです。そうなると、建築の人たちが議論してきた従来のインフィルのイメージというのは建築的すぎて、そうではないまとめ方や切り口が必要になってくると思います。それがもっとライフスタイル寄りになると、おそらく今の部品メーカーでいけるかなという疑問もあります。それと、先ほどの街のレベルまで広がってしまうという話は、部品を考える時に街のレベルのことまで考えていないと、ピタッとくるものは何も生み出せないのではないかという感じがしているわけです。

●インフィルの未来形
難波――それは同感です。10月終わりに有楽町の無印良品に僕の設計でMUJI+INFILLというモデルハウスが建ったのですが、無印がやろうとしているのはそれなんです。僕がつくったのはシェルターと見えない給排水などで、ガラです。あとは無印の製品が全部埋め尽くしている。だからライフスタイルで入れ替えればOKで、もうそこには建設産業はない。いよいよ本格的に売り出されるんだけど、それを見て、俺は何をするのかなあと思ったんです。まあ、売れたら儲かるんだけど(笑)。でも、建築ではなくて家具みたいな感じで、かなりぐらつきました。

松村――僕もアンビバレントなんですけど、つまり建築で育ってきていますから、建築的なものの価値が骨の髄まで染み込んでいるわけです。それが、無印の家具を選んで置くだけででいいと言われると、そんなわけないだろうと言いたくなります。一方でそう思いながらも、やっぱり現実はそうで、既存の部品メーカーではない別の感覚を持ったところが再編成して、新たなゼネコンのようなものになっていくのではないかとも思います。

近角――私は違った考えを持っているんです。難波さんがおっしゃったことに通じますけど、私はあるハウスメーカーと一緒に集合住宅用のインフィル開発をやっています。そこでハウスメーカーが持っていないものは、床、壁、天井といった集合住宅の基本内装システムです。ハウスメーカーですから骨組みを持っていて、それをくっつけていますが、集合住宅のための基本内装は持っていない。だから、基本内装をつくるところで協力していて、私は自分が開発した床システムや、壁システム、天井システムが普及していくことが一番よい道だと思って開発しているわけですが、仕事をすればするほど、最終的には基本内装はいらない世界に進んでいることが最近わかったんです。
ハウスメーカーは、戸建て用に持っている数十万部品、数十万アイテムをソフトシステムによって管理していて、ある顧客と対応している営業マンがプランを決めると、それに対応してそのソフトシステムが自動的に動いて各メーカーに一斉に発注する。すると工場にそれらが集まってきて邸別生産が始まるシステムになっています。結局、顧客とのインターフェイスはその営業マンだけで、そこから出た指示に従って全社的なソフトシステムが動き、それによって数十万アイテムの部品に指令がいく。今、戸建て住宅の世界では、主だったハウスメーカー数社はすでにそのシステムの導入を完了しています。バージョンアップしたり、いろいろ苦心はされていると思いますが、そういう人たちから見ると、集合住宅の世界はまったくの処女地になるわけです。確かに松村さんがおっしゃるように、壁が動くとかその辺のことはまだ基本内装のトレーニングをしている状態ですから、そんなにハウスメーカーの関心のあるところではないんです。本当に関心があるのは、その数十万アイテムに番地がつけられて集合住宅に送り込まれる、そういうソフトシステムが最終形なわけです。その時は基本内装などなくて、ハウスメーカーがつくり上げた部品群だけでできている世界が集合住宅の中にできる。今の生産システムは在来工法ですから、ひとつの住棟の中に20から30のバリエーションくらいはできるけど、数百のバリエーションとなると、設計も生産もパンクします。ところが、ハウスメーカーはひとつとして同じものをつくらないと豪語するくらいそのバリエーションを巧妙につくる技術で、今の産業を築いているわけですから、彼らが本格的にSIのIに乗り込んできた時には、ひとつの団地に数百パターンの邸別生産が必要でも、あのソフトシステムが稼動すればまったく動じない。そうなった時には、おそらくSIの要素が変わってくると思うわけです。そういうことはまだまったく見えないけど、たぶん無印良品などは先駆的にやっています。無印のあらゆるアイテムが入り込めるベーシックな構造がひとつのプロトタイプとしてできているかはわからないけど、そういう実験的な試みをこれから行ないつつ、そういう方向へ向かっていくと思います。
ですから、集合住宅のハウスメーカー化というのは、僕自身としてはうれしいことではないけれども、現実にIの自立を突き詰めていくとそうならざるをえないと思う。またそうしない限り、個別に需要がいろいろ動いているダイナミックな動態を、産業として捕まえることができないと思います。それを捕まえることができて初めて、そこが地域との連携の中でサービスをつくっていく動きになっていく。サービスがないからこれができないというのではなくて、逆に外にサービスをつくっていくという流れに向かっていくと想像しています。

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