プロローグセッション
●リノベーションによる町づくり
家の話とマーケットの話をしましたが、私は町全体で小規模な増改築を重ねていくという田舎町の町づくりみたいなことをだいぶ前からやっています。いくつかの町でやりましたが、これからは町のレベルでは新築はもうほとんどなくて、町が全部リノベーションのサイクルに入っています。再生というような概念を使っていくと町の住民たちにも受け入れられやすいし、穏やかに持続していき、しかも少額の投資で非常に効果が上がる。だから町の単位のリノベーションは、これから非常に大きいマーケットになるだろうと思います。年間数億もいらなくて、例えば何千万円という予算で職人と部品で手当てするのを3年分の予算をとってやっていくと、町並みは全体でこう変わっていくというようなやり方は、住民にすごく受け入れられやすい。これはいくつかやってみて感じましたが、町全体の風景は、住宅を中心としたビジネスとともに、もう一つの穏やかな産業として想定されなければならなくて、従来のような大型公共投資をする時代はもう二度と戻ってこないと思います。市民や町民に受け入れられやすい小さいビジネス・スケールで、持続して風景をつくっていくための部品は、いろいろなメーカーがつくっていると思いますが、まだ系統立ててやっているところはありません。これはぜひお考えになってやっていけば、非常に膨大なマーケットがあるのではないかと思います。
だいたい小さい町ほど新築はありませんし、日本中で公共建築や美術館がつくられてきましたから、もうほとんどいらないですね。それで、従来の地域計画の単位で求められていくのは、風景をつくり替えるとか、風景のクオリティを高めるということです。これは町の単位で考えたらリノベーションしかないんです。行政を対象に緩やかに感化し教育していくことを、当然もうお考えでしょうが、企業はそこを考えていかなければならない時代になっていると思います。リノベーションは町の単位だとやりやすいし、受け入れられやすいですから、これは一つ考えられるのではないかと思います。

●コンバージョンにおける設計とは
コンバージョンの委員長である松村秀一先生に「コンバージョンはこれからいけるぜ」と言われて「儲かりますか」と聞くと「儲かる」と言われましたが、全然だめです(笑)。コンバージョンは、オフィスビルをアパートにするという、要するに機能転化です。日本にはオフィスビルがあふれていてもういらないですが、東京都心の住居のクオリティなどは世界最悪レベルですから、かなり需要があるはずです。そういうことを考えると、論理的にこのマーケットは絶対あるはずなんですが、実際にやろうと試みると非常に難しい。私の大学は高田馬場辺りにありますので、高田馬場周辺の明治通りを中心にしたコンバージョンをやってみようということでリサーチしてみたら、物件は150件くらいあったんです。3年ほど前の一時期、こんなに関心があるのかと思うとこれは大変なことだと思いました。ただ、実際に物件にあたって採算をはじき出すと、これがなかなかうまくない。何が一番うまくないかというと、僕の収入がなくなるんです。要するに設計業界をネグレクトするとコンバージョンやリノベーションの業界は非常に健全な産業になっていくだろうと思うのですが、でもそこに設計という商売が入ると、これはほとんど成立しない。高田馬場周辺の明治通り、早稲田通りで150くらい物件があって、よく調べてみると30パーセントくらいのビルがガラガラなんです。実際に権利関係等をあたっていって、これくらいの予算でこういうような与件で、これだけ金をかけるとこうなるということは見えるのですが、そこで一番難しいのは設計に対してペイメントが出ないことです。これは難しい問題です。なぜかというと、大家さんもエンドユーザーもみんながわかる範囲内で設計が行われますから、余分なものは付加できないんです。要するに生活必需品ばかりでできてしまいますから、デザインがどうだとか、かっこいいスペースだとか、そういうことはほとんど要求されません。ですからリノベーションとか再生産業は、設計の概念をどうやって外すかを考えた方がいいんじゃないかと思います。自分で墓穴を掘るようなことをいってますが、その方が合理的です。
松村先生に「何とかなるはずなんだが」といわれても「何ともならないよ」というしかなく、やればやるほど苦労が多くなって、設計は難しい。それからやれるスタッフがいない。単純にいうと、新築するときにはコミュニケーションしないと建物は建ちませんから施主と話をします。そのときに、こちらが経験を持っているとそのことによって施主とのコミュニケーションが成立するんですが、リノベーションに関しては経験がありませんし、新しい価値観で普遍化していないですから、施主の持ってる情報と我々の情報に変わりがないんです。そういう情報だけを組み立てていかなければならないというところも難しい。我々は建築設計というと更地があって新しいものを建てるという教育をされていますから、更地の新築しか思い浮かばなくて、リノベーションとかコンバージョンは理屈ではわかっても、価値観等はそんなには簡単には変わらない。先ほどから教育が大事だといっているのは、アカデミックな教育という意味ではなくて、自分たちの頭を切り替えていくことがまず必要で、それがものすごく難しい。リノベーションで成功された方も何人かおられるようですが、それはスタッフ教育にものすごく手間ひまがかかっていると思います。要するに新築の方が楽で、増改築は問題が複雑すぎて難しいんです。やっぱりそういうものに対応できる人材作りからやっていかないと、これはなかなか成功しないビジネスだと痛感しております。
PREVIOUS | NEXT

HOME