プロローグレクチャー

●「居ながら施工」の可能性
青木──難波先生は設計の世界と学者の世界を行き来していて、建築の現場も行っているので三層構造を全部見ていられる。僕は設計の世界で現場に多く行っていたのですが、最近学者の世界と付き合いができるようになってわかったことは、その2つの世界には断層があるということです。学者は条例や法令を決めてこういうふうにしなさいと言いますが、現場の世界ではなぜそのようなことを決めるのという疑問がありながら、勝手に解釈して流れていく。これを繋ぐものは僕のような設計をやっている人間かなと思っているのですが、それを考えるといろいろな問題にぶち当たって、今日お話したようなことになっていったんです。

難波──いま青木さんが言ったようなテーマは、レクチャーの最後におっしゃった「居ながら施工」へという問題に全部集約されていると思います。これはすごく興味深いテーマで、住民が住んだままで、ライフラインのバイパスをつくり、耐震補強の工事もやってしまう。そういう技術ができたら、その影響は不動産業だけでなく社会的・政治的問題にまで広がっていくでしょう。このテーマは青木さんのリファイン建築のヴィジョンとしてはもっとも興味深く、究極的な目標ではないかと思いました。僕も30年くらい在野で仕事をしてきて、最近、大学人になったばかりですが、建築学科の学問体系が完全な縦割りで、まったく横の繋がりがないのを何とかしなければ、この問題には取り組めないと考えています。

太田──先ほど青木さんは「外壁の周りのほうから設備を交替させる」と言われましたが、それは「居ながら施工」においても重要なポイントになると思います。設備周りでは、どういう点に注意されるのですか?

青木──給水はそれほど問題はないと考えていますが、排水はリファインする前に調査すると必ず詰まりが起きている。それの入れ替えができればかなり長寿命の建築ができると思います。
建築はおもしろくて、表面が汚い、全部だめだと思われていても、中の躯体が丈夫なもののほうが多い。顔が悪いと人間も悪いようにとられがちですが、話してみると立派だったりというようなことがあるわけです。建物は裸にするとよくわかるのですが、単純に外見からではわかりません。設備の問題もそういう点が重要なのですが、配水管の見ばえが悪い、バスタブが汚くなったから建物それ自体も悪いと思い建て替えようという話が多いのですが、そこをきちんと抑えておく必要があると思います。
それで、福岡市内でリファインをしょうか、どうかと相談された集合住宅がありまして、そこで、排水管など水周りの設備を外部に出したいと考えたのですが、クライアントの説得に時間がかりました。1階には店舗があって、そこの経営権の問題があるのでペンディングになったのですが、同じクライアントが、新築のマンションをつくりたいという話になってその設計の時、このアイディアを使いたいという話をしました。いまは上からジェット水流みたいな設備機材できれいにするけれど、「本当にきれいになったかどうかわからない」わけです。「それなら付け替える方法あったらいいですよね」と言ったら「できるんですか」と訊かれて提案したものです。だから切羽詰まった問題になっているとOKしてくれる。設備設計の人もやってみたいと思ったけれど説得できなかったと言ってました。僕の場合はリファイン建築をやってきて、クライアントから信頼を得たからできたんだと思います。
「居ながら施工」は『リノベーション・スタディーズ』(INAX出版)で早稲田大学の古谷誠章さんと話したときも考えていたんですけど、遠くに目標があって、それに対してどう駒を打って実現させていくかについていろいろ試行錯誤をしながら、やっと今回の集合住宅に届いたわけです。ただ問題が山積みで、クライアントは心配したんですが、「あなたには迷惑はかからない。困るのは建設会社と住んでいる人だけだ」と言ったら、それではやりましょうとなりました。建築の工程としては今の施工時間の企画は午前と午後にわけてやっていますが、さらに午前2回、午後2回に組み直すんです。その場合新築は、付近の住民に近隣対策をしなければなりませんが、「居ながら施工」は館内対策が必要です。細かい作業の行程のお知らせが必要です。この期間騒音が出ますと言って、コーヒー券を渡してコーヒーを飲みに行って下さいと頼んだり、掃除に来てくれませんかとこちら側に引き込んだり、見学会を行なったりといったイヴェントが必要と思います。ある意味で工事をしながら住民の建築ワークショップをやるわけです。

●普遍化をめざして
太田──昔の建物への愛着という話は、蒲江町でワークショップをされ、町づくりや公共建築とはなにかを考えていらっしゃる問題と結びつくと思うんですけれど、行政を通して建物をつくっていくプロセスを透明化してオープンにしたり、地域の方に見学会をすることも意識されていて、非常に都市的な活動も大事にされています。リファイン建築のなかでそれらは重要な要素ですか。

青木──そうだと思います。安心できるものになることを見てもらうことは重要だと思います。
大分市の隣の野津原町で伊東豊雄さんが役場をつくったのですが、野津原の町長に古い役場をリファインしませんかと言ったんです。そうしたらそれは壊すことになって、それで隣にある母子センターを多世代交流センターとしてリファインしたのですが、躯体の解体のときに町長さんと僕がテレビに出演してこの建物について説明しました。撮影が終わったあとに町長さんに「お前、ここまで解体して本当に大丈夫か」と3回も訊かれましたが、いまさらダメだと言われても困るという感じだったのですが、でも町長さんが不安になるのはわかります。工事の過程が全部わかるとビビってしまう。それに対して綿密に説明していかないと難しい。つまりこのようなリファイン建築は確信犯でやらないとできないと思います。
もう一点は公共建築の場合、古い建物を壊して新築するか、リファイン、リノベーションをするかは町長さんのように決定権を持った人が意思決定しますが、アドバイスする建築の専門家はほとんど新築がいいと言います。八女市長は《多世代交流館 共生の森》のリファインに対して建築関係全員が反対したと言っていました。彼らは、データなしになんとなく新築したほうが安いと思っているわけです。問題は古い建物を再生することをわれわれがめんどくさいと思っていることです。これをしっかり意識改革しないと定着しないと思います。景気が良くなったらまた壊して新築をつくるという話になるのではないかと懸念しています。

難波──僕のいる大学で、エンジニアリングや構造と設備の先生はまったく同じ発想です。設備や構造の先生は、安全だし省エネなので新築にしなさいと言う。逆に、デザインや建築計画や建築史の先生はリノベーションに対して前向きです。

青木──デザインや計画の先生たちは構造計算がもっと多様であることがわかっている。《せんだいメディアテーク》を見に行ったんですが、あれを見て、いかなる構造補強もできると構造に対する認識が一変しました。そして従来のラーメン構造やピン構造に頼らなくても、コストのことを考えなければなんでもできるんです。解析能力が上がったから、いままで考えられてきた施工の仕方以外のもっと違うアプロ―チで構造補強もできるんです。逆に根本的な施工の精度や能力は本当は落ちているわけで、そことどう折り合いをつけるかが今後構造のテーマになると思います。構造補強に関しては、なるべく普通の構造計算している構造設計の人をに相談します。仮説を立てながらこういうことをやりたいのだがどう思うと訊いて、成り立ちますと言われたらクライアントに出します。なぜなら、僕はリファイン建築を普遍化したい、普及させたいと思うからです。よほど特殊なもの以外はごく普通の構造計算で解決したいと思います。普通の人が普通にできるものをやりたい。そのほうがマーケットが広いです。ただ、最近は先進的な試みをしないと技術の進歩がないし、僕も欲求不満になってくるのです。

太田──中谷ノボルさんとすごく似ていらっしゃるところがあって、それは建築家の職能についての考え方だと思うんです。中谷さんはもう少しゲリラ的なのですが、青木さんの場合は、アドホックに見えながらも、目の前の躯体をどうするのかというところから少しずつ技術論を組み立てていく。そこで戦法を明快にして、開ける自由な世界を追求されていると思います。学校教育ではそういうゲリラ戦は教えず、きちんとした戦場があって、きちんとした戦法があります、という教え方をする。しかし中谷さんや青木さんのなさっていることは現状に合っている気がするし、そうやって戦っていかないと町はいつまでたってもスクラップ・アンド・ビルドにしかならない。より実践的な建築家の戦法を今日は教えていただいたように思いました。

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